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| プロフィール |
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店主:出張整体師・中村一弘(通称jonny)
大阪府枚方市在住。 生まれてほとんどをこの地で過ごし、終いには大阪府枚方市の御殿山駅前で整体院を開業してしまった、大阪特に御殿山大好き人間。
腰痛・肩こり・ストレス・疲労回復・寝違え・背中痛・骨盤修正・姿勢矯正何でもござれ。 優しく体に語り掛けるような施術で体のバランスを調整します。
人は幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる。
何故、整体がみんなを笑顔にするのかって?それは実際に当院の整体施術をご経験ください。百聞は一見にしかずですぞ。 整体の施術については 大阪府枚方市の出張整体・笑顔のススメ施術案内へ
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| 神は機械的であらねばならない |
注意)この記事はかなりの長文です。しかも、精神世界のディープなところに触れ、かなりの方にとっては不快に思うかもしれない内容となっていますので、十分な心の準備の無いままには読まないでください。
土曜日は対面レイキセミナー。
ブラジルから一時帰国された方が、わざわざ貴重な一日を使って四国から来てくださいました。 と言っても他にもいろいろ関西での予定があったために、それならばうちもと言うことではありますが、わざわざ来てくださったのですから、気合も入るというものです。
だからと言って内容に大きな変化はありませんが、前回の対面セミナーの時から、いろいろな学びや気づきもありまして、やはりまったく印象の違うものになっていたのではないでしょうか・・・。
使うテキストも、話す項目についても変わらないのですが、それぞれに対する理解が日々バージョンアップ?ということです。
ちなみに今回のセミナーの前日には、「人に天命などない」と言うインスピレーションが降りてきていました。 詳しいことは、話す機会があれば話しますが、要は神様も人の人生も魂の成長も、巷の精神世界の人たちや宗教家が言うような情緒的なものではないということです。 だから、生まれる前から具体的な使命を持って生まれてきたり、神と約束を持って生まれてきて、それを生まれてからさまざまなことを経験する中で忘れていた記憶を思い出して、これこそ自分が背負って生まれてきた使命だとか、神様と約束していたものだ、なんて物など無いと言う事です。
天命や天職と思われるものに出会って、それこそが自分の生きる意味だと思ったりするのは、あくまで後付論です。 約束とか使命とかそんな情緒的なもので人は生まれてきたのではないのです。
もっともっとドライなんです。 それは生まれるための原因があったために結果的に生まれてきた。 それだけです。 その原因とは、肉体レベルで言えば男女の結合。
精神レベルで言えば前世において解消しきれていなかった「業」の存在。 この二つが重なり合った時に、精神がこの世に物質的な肉体をまとい命をもつ存在となって生まれてきてしまうだけです。 そして、生まれてきてしまった命は、引力に引っ張られて落ちていくりんごのように、精神レベルでの「業」を解消していく方向に、さまざまな経験をしていくのです。 ただし、肉体と精神と言う二重構造を持った人間は、精神が業を解消する方向に進むような経験のチャンスを目の前にすると、肉体をより快のある方向へと進めていこうとアクションを起こしだします。
そして、精神と肉体の間に摩擦が生じて感情と言う現象を発生させます。 この感情が心に覆いかぶさり、いつしか多くの人が感情そのものを自分の心と思い込むことで感情に振り回されて精神レベルでの新たな「業」をどんどん積み重ねてしまいます。 そのために、多くの人が生まれ変わるたびにより重い業を背負い込み、人はいつまでも輪廻を繰り返すことになります。 それは、現在の地球上の出来事を見ていても明らかではないでしょうか・・・。
話がそれました。 そうやって、できるだけ自分が機械的な出来事の結果的存在であることに気づきたくないがために人はドラマ仕立ての理由を創作して、しんどいことに耐えられるように工夫をするのです。
セミナーの話の前置きが長くなりました・・・。 というか、この部分は土曜日の受講生の方の復習になるかなと思って書かせていただきました。 読んでくれるかな? 今回のセミナーを受講されていない方にも、今流行のほんわか系精神世界にうんざりして、本気で輪廻のからくりなどについて考えようと思っている方には何らかの刺激になるのではないかと言う期待もありますが・・・。
で、今回の対面レイキセミナーは、受講生の方が夕方に高野山の宿坊に着いていなくてはいけないということで、11時から4時半までと言うツメツメの内容です。
ということで、対面だから伝えられる内容を特に強調して、知らなくても良いものはカット。 だから、今回のセミナーでのメインは五戒。 そして、遠隔ヒーリングの理論的なイメージ作り。
特に五戒をどれだけ理解し、実践できるかこそがレイキを実践する上で不可欠なのです。 レイキを知らなくても五戒をきちんと実践していれば、必ずそこには学びが起こり幸せを感じて生きていけるようになります。 でも、五戒を無視してのレイキの実践ではあらゆる落とし穴にはまる可能性があり、不幸にすらなる人も現れます。 そして、五戒の実践と学びをより効率的に進める上でレイキの実践を重ねるのがよりよい結果を生むのです。 そうやって考えると、レイキと五戒のどちらがメインなのかと聞かれればやはり五戒なのです。
その五戒の説明の中で、受講者の方が驚きの声を上げたのが
「神様の愛はとても機械的なものです」
と私が言った時でした。
そりゃそうでしょう。 でも、そうでなければ、やってられません。
そこで、何故私がそういったのかの説明。
前提として、神様の愛と言うのは、人を区別差別してはいけない。 すべてに対して平等であるからこそ神なのです。 そうでなければ、群れのボスでしかない。
信仰の違いから、同じことをしても救われる人と救われない人が生まれるのは、神が選り好みをしているからではない。
創造主が、いちいち創造物に愛着に差をつけるようなことがあるだろうか? また、信仰しているからどうだ、というようなギブアンドテイク的なことをして、ルールを無視した奇跡などの例外的なことを起こしたりするだろうか?
そんなことをすれば世界には秩序などなくなってしまう。 また、人は神様の顔色を伺う生き方しかできなくなってしまう。
ただし、ギブアンドテイク的なものさしで人の運命に干渉してくる、霊的存在・スピリットはあります。
しかし、それは創造主ではない。それらも創造物であり、極端に言えばペットとその飼い主のような関係。
その場合でも、大きな宇宙の器の根本原理に反することは起こらない。
また、そういう気まぐれなスピリットは置いておくとして、同じことをしても違う結果が起こると言うのはどういうことか?それこそある人は神様に好まれて、別の人は神様に嫌われていると言うことではないのか?と考えられるかもしれないけど、それも違う。
同じ行いに対しても、その背景(精神状態やその行いまでに背負っている業の内容など)の違いがあるために、その行いの結果と言っても変わってくる。 それはミックスジュースを作るのと同じ。
バナナを入れて作るのは同じでも、一方はジューサーにりんごとオレンジを他に入れるかもしれないが、他の方はさらにメロンを入れるかもしれない。 そうなれば当然味は違ってくる。
神様は打算や気まぐれで違う結果を出すのではなく、入力されたものに対して、きわめて機械的に一定の法則に従った結果を返すに過ぎない。 単に我々が入力されたもののすべてを認識できていないだけなのだ。
そのように例外が無く一定の反応をしてくれるからこそ、人は真剣にどう生きていこうかと、思い悩むことができ、それが無駄にならないで済む。 もし、気まぐれなものを相手にしているならば、本当の意味で自分の人生に責任をもって真剣に生きられるわけなど無い。
しかしそれは決して神様の人格性を否定するものではない。 だからと言って、肯定もしない。
それは、神に人格があることを期待する人には人格のある神が認識の過程で作り出される訳であるが、それは人格神を期待する人にとっては真実であり、その人格神がきちんと機械的に例外の無い結果をもたらしてくれるのだ。
だんだんと受講生の方も分かってきてくれたようでした。
そして、アチューンメント。
この時点でもう時間は半分経過・・・・
やばい、もう一つの山場があるのに・・・ 今日のブログでは、遠隔ヒーリングの話は飛ばします。 でも、その説明については理解だけではなく、実感がやはり欲しい。。。。 それは遠隔で何かを感じるかどうかと言うことではなくて、遠隔ヒーリングに必要なイメージ作りにおいてどれだけの実感を持ったイメージを保てるのかと言うこと。
ちょうど、高野山で阿字観瞑想の体験があるといっていたので、グッドタイミング。 ここで何かをつかめるかもしれない。 なぜなら、阿字観瞑想の時の感覚とおそらく共通するものがあるからだ。
後30分。 質疑応答。 そして、後5分。 セミナー終了。
しかし、これですべて終了ではない。 ブラジルに帰ればレイキの学びが待っている。 たくさんの気づきがあるだろう。 自力ではまだ対処や理解に困ることもあるだろう。 そこからが本当の学びだ。 つまり今ようやくスタート地点についたに過ぎない。
だから、これからのフォローこそが本当のセミナーなのです。 だから、どんなことでも質問や相談をして欲しい。 そのことを念を押して、送り出しました。
さて、次の対面セミナーではどんな話をすることになるのか? 今も気付きは進行中です。
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| 百箇日を前に |
父の夢を見た。
夢の中では、二軒隣の家が更地になっていて、新築されている現場にひょうひょうと突っ立っている40台半ばくらいに見える父。
夢の中ではまだ父は生きている設定だったようだが、慌てて私は、呼びかける。
「おいおい、そんな仕事してて大丈夫なんか?」
すると、父は半眼に口角を少しあげて、仏さんのような表情で返事をした。
「うん、体が軽いねん」
そう言って、現場に戻っていった。
上半身は裸で、至るところに生前の内出血の後があるのが痛々しい。 しかし、その背中には生前あった刺青はない。 きれいな体をしていた。
父は仏の表情を浮かべながら、弱弱しい足取りで荷物を運んでいた。
「無理すんなや、後でゆっくり休みや」
淡々と仕事をする姿を眺めながら、目が覚めた。
父が夢に出てきたのは、死んでから初めてのことだ。 しかも、明日は百箇日法要に、骨入れもする。
節目の日の前日に、夢に出てきたのにはそれなりに意味があるのかもしれない。
晩年は仕事に恵まれず、酒に溺れて体を壊した父ではあるが、土木の現場仕事は父にとっては、自分が光れる場所だったのだろう。
現場での大変さを自慢げに話す様子は、その仕事が好きでたまらなかったからに他ならない。
だから、あの世でその仕事に戻れて、荒んでいた気持ちも穏やかな気持ちに変わってきたんだと言うことを伝えに来たのかと思った。
単なる私の願望なのかもしれないけど、もし、父があの世で自分の一番好きな仕事をして過ごしているのであるならば、私も安心だ。
来世も人間として生まれ、今までの人生での修行の続きをすることが出来るであろう。
後は、現世での修行の続きを一日でも早く再開できるよう、供養をしていくだけである。
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| 精神世界は自己中心? |
月曜、携帯を見るとO先生からのメール。
友人の足湯のバランスチェックもしてね、という内容だった。
足湯か〜。 出張でやってるから、考えたことなかったな。
でも、そういえば前回の施術で、たまにはゆっくり広いお風呂で体を温めるようにアドバイスしてたな。
とりあえず次回の施術のときに確かめてみるか。 それまで忘れないようにメモしていよう。。。
そう思っていると、友人から電話が鳴った。 今日の昼から出張施術の依頼だ。
こういうのもある種のシンクロニシティだな。
シンクロニシティとは意味のある偶然くらいの意味で用いられているが、そこには神様の意思が働いているとか、神様のメッセージであるとか、宇宙の法則がそこには働いているというように受け止められているが、非常にややこしい。
何故なら、自分を中心にして他の人のバックグランドを一切無視して考えれば、自分の事情に対応していろいろなことが起こったり、いろいろな人が自分に何かをしてきたりする。 それはあたかも、人ではなく、将棋のこまのようにその人の意思に関係なく、自分のために動かされているかのように見える。
そして、相手の人の目にも自分の動きはそのように見える。 つまり自分も神様のコマとして動かされている? つまり、自分の意思のように思えて、そこには自分の意思がない?
精神世界的なルールで考えれば、自分のそうされる都合、相手のそうする都合が100パーセント一致しているという事になる。 ランダムで起こるとすれば、確率的には天文学的な確率になってしまう。 しかし、だからこそ神様の司るものなのだという事になっている。 偶然なのではなく必然なのだと。
しかし、そんなややこしいことを考えている人はほとんどいない。
相手の絶えず変わっていく都合と自分の絶えず変わっていく都合を合わせるように考えるからややこしい。
そこで、精神世界の解説では、自分の意思は自分で決めていて、自分の視点だけで見える世界を解説するのがほとんどだ。 つまり、目の前に起こること、現れる人は今の自分の状態を反映するもの。 相手がどうとか、周りの状況がどうということについては考えていたらややこしいから。 とにかく今の自分に必要なものやメッセージが現れているんだよと言う。
だから、自分の行いや思いを正しいものに保つ努力をしましょうと・・・ そして、わざわざそう言うものを持って来てくれた相手の人にありがとうと言いましょうと。
いや、でも待てよ、相手の視線から言えば、私は相手の行為をわざわざ受け止めてくれてありがとうと言われて当然なんじゃないのか?
そしたら、お互い様じゃないか。 よく考えたら当たり前のことだ。
しかも、お互いから見れば、自由意志でそこにいるのではなく、神様の計らいでそこに連れてこられているのだ。
しかし、こんなことを言ってしまうと誰も精神世界に目覚めなくなってしまう。 だから、自分の自由意志はあるかのように話を進めて、その辺りのややこしいことには極力触れないようにしている。 なんともご都合主義だぞ、精神世界。 そういう記述では自己中心的なものの見え方しかできない。
自分にも自由意志がありそうでないことにしなければ、自分の世界の中では自分だけが特別という事になってしまう。
小林正観さんのように、運命は自分で決めてこの世に生まれてきていると言う考え方をすれば、自分には自由意志がありそうで実はないことになり、矛盾が減るのかもしれない。
そして、自分は生まれる前に自分で作ったプログラムの運行を体験するためにだけ、この世界に生まれてきたのかもしれない。
もしそうなら、我々は超リアルな体感ゲームを体験しているだけなのだろう。 決められたプログラムの世界の中でのみ、操作レバーをいじり、あらかじめ決められた有限の結末に向かって、ちまちまと方向を変えているのだ。
しかし、どの結末も自分が作ったプログラム内のものであるならば、どれも正解なのだ。 ステージをクリアしてもしなくても、次のゲームが待っているだけだ。
嗚呼、訳が分からなくなってくる。 しかし、精神世界にどっぷりつかると間違いなく自己中心的になっていくだろう。 その自己中心の自己とは結局は自分と他人が融合されたスーパーエゴのようなものだけど・・・
そんなこと考えているよりかは、自分だけは自由意志を持っていると考えて、自分に様々な経験をさせてくれる神様に感謝して、神様の言いなりになっていろいろな体験をさせてくれる人たちに感謝をして、自分の世界がいつまでも調和の保たれた美しい世界であり続けるように自分の心と体を律している方が、分かりやすくて気も楽だということだろう。
少なくとも私はそういうように割り切っている。 相手から見た自分がどう良く役割を神様に負わされて、相手の人に何かをしているかなどは考えない。 ただ、自分の都合で自分のすべきことをひたすら淡々とこなしていくのです。
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| 奥の手 |
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長男がベネッセのチャレンジをしたいと言うので、一週間以内に臨時収入があれば、と願をかけたのだが、通常それが起こる可能性があるのは私のHPをじっくり読んでくださる方が多い金曜土曜の晩・深夜なのだ。
土曜日の朝は何も無かった。 何も無ければ何も無いでいいのだが、やはり親とは愚かな存在だと実感する。
どうにかして臨時収入が発生するようにしようかと考えてしまうのだ。
と言っても積極的な営業活動ができるものでもない。
そこで私がするのは、天に投げかけること。 月の始めだし、ちょうどいいや。 と言うことで、生駒の聖天さんへ月参り。
しかし、勘違いしてはいけないのは商売繁盛祈願はしないと言うこと。 するのは日々の暮らしへの感謝だけ。
また、先月は少し収入が多かったので、いくらかいつもより多く喜捨をしようと思っていたところだったので、このタイミングで行きなさいと言うことなのだろう。
で、家族で土曜日の昼から出発。
例年ならもっと寒いのに、春のような暖かさ。 やっぱり、温暖化は加速しているんだと実感。
階段を上り、弘法さんの像の前で心経を唱え先に進みます。
水掛不動に柄杓で水をかけながら、 「のうまくさまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」
煩悩を洗い流して、感謝をささげます。 しかし、商売繁盛祈願に来る人が殆どの中での、この行為と言うのは非常に微妙な事だと思います。 商売繁盛を願う人の多くは、先ずは自分が生き残りたい、と思ってしまうものですから。
お客様も喜び、従業員も喜び、そして、自分も喜びながら事業が繁栄する。 そう言う形の商売繁盛をイメージすることが大切なんでしょう。
隣の本堂で更に心経と真言を唱えて感謝の気持ちをささげます。
ここで、車の中で寝ていたために寝起きで一緒に上がってきていた長男がぶつぶつ文句を言っていて頭を社でぶつけて泣き出しました。
そこに私のお説教の追い討ち。 「ここは神様(仏様)のいるところなんだから、他のところにいるよりも思っていることが形になりやすいんや。お前がそんなに文句ばっかり言っていたら、神様はお前がもっと文句を言いたいのかと思って、文句を言いやすいことを起こしてくれるんや。だから、そんなところで頭ぶつけて泣かなあかんねん!こう言うところに来たら気持ちを切り替えて笑え!ありがとうと言われへんのなら車の中で待っていなさい。」
顔を引きつらせながら笑う長男。
それを見てから、その隣の聖天堂へ。
財布からお札を一枚取り出してお賽銭箱に・・・。
いつもは、ちょっと奮発してお寺にお金を置いていく時でも、お守りやご祈祷をお願いして使うことが多いのです。(貧乏性なもので・・・)
しかし、それでは取引であって純粋な感謝ではない。
ここでも心経と真言「おんきりぎゃくうんそわか」
キリスト教などでは10分の1税と言うのがあると聞いたことがありますが、これなども潜在的には同じ理屈なのでしょう。
神様のお陰で頂いた利益に感謝してその一割を教会に還元することで、更なる繁栄が訪れると言うことです。
確かに稼いだのは自分自身ですが、その陰にはお客様とご縁を結んでくれた神様がいます。 その神様の働きがなければいくら自分が努力をしてもお客様はやってきません。その働きを謙虚に受け入れて、感謝し喜んで喜捨をすると言うのが、その本来の意味なのでしょう。
そして、精神世界には「受け取りたいものを、与えなさい」と言うルールがあります。
受け取ると言っても,自分のところに溜め込むのではありません。 先ず与える事によって、潜在意識の中にそのものについての流れを大きくするのです。 絶えず大きな流れが自分の中にできるから、より多くのものをそこから取り出し、そして流れに戻していくことができます。
受け取ると言うのは溜め込むのではなく、受け取りそれを利用して更に流れに戻すことに他なりません。 言わば水力発電みたいなものです。 水を一時的に溜め込んでも、水の持つエネルギーをちょっともらって流れに戻します。 流れ込んでくる水が多ければ、得られるエネルギーも増えてきます。
もし、溜め込んでしまったら・・・ダムは崩壊。 心で言えば、潜在意識の混乱や、エゴの膨張、人格の崩壊と言うことでしょうか。
当然流れが自分の許容量を超えて大きくなっても川は氾濫しますから、そこそこに調整も必要でしょう・・・。
さてさて、そんなことを考えていながら日曜日の朝。
臨時収入はありました。 ちょっと強引な手法を用いましたが、一応運は私と長男の思いを受け入れてくれたようです。
ちょっと矛盾しているようなこともしているんだけど・・・
(そうそう、この方法、神社やお寺のお賽銭でなくても、募金などに寄付をするのでも効果ありです。天の流れに返すことがポイントですから)
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| 末法思想の書? |
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4,5年前からこのタイトルが目に付いていたのだが、ずっと無視をしてきていた。
あんまり好きになれそうに無い内容だったからだ。
それが先日ブックオフで105円で出ていたので、新しい缶コーヒーを飲むのと同じくらいの感覚で買った。
精神世界では今、2012年がどうの,フォトンベルトがどうの、アセンションがどうのとある種の末法思想が闊歩している。
この本はまさに末法思想の書だ。
書いた本人はいたって真面目なのかもしれないが、この本や類書にに影響を受けたなんちゃってチャネラーや、低級霊に憑依された思い込みチャネラーが、その内容をある種の脅しに使って現実逃避壁のある不安定な精神状態の人達を更に現実から眼をそらさせてしまう可能性がある。
また、チャネラーや精神世界リーダーとは縁が無くても、一人で精神世界に迷い込んでこの手の本を手にとってしまったために、地に足がつかなくなってしまった人も多いことだろう。
「その時」が来た時、人は振るいにかけられるらしい。
高次元の存在となるのか今のままでいるのか、天国に行くのか地獄をさまようのか。
「その時」は必ずやってくるから、天国に行く準備をしましょうと言うようにして、心の弱い、自分だけは助かりたい、自分だけはいい眼をしたいと言う人の欲をくすぐるのだ。
新興宗教の多くとよく似ている。 信じた人だけ救われる、信じない人は捨てられる。
当然、天国に行く側の選ばれた人になろうと謳う商売(セミナーや書籍など)が繁盛する。 今の精神世界のセミナーの多くがそうだ。
たいていが2012年フォトンベルト・・・と語る。
そんなに自分だけ良い目を見たいのか?
その意識が邪魔なのだと言うことに何故気付かない?
ただ、日々を懸命に愚痴も言わず、人も呪わず全てを受け入れて生きていれば、それでいいじゃないか。 別に2012年にこだわる必要も無い。 高次元にこだわる必要も無い。
どの場においても与えられたことを懸命にこなしていけばそれでいいじゃないか。
それをする覚悟の無い人が、アセンションをあたかもどんでん返しのようなものと期待しているように思えてならない。
そう言う人が増えることこそが世も末だと思う。
しかし、今よく言われていることがどう言うことかが、それなりに分かる本ではある。
そして、この本を読んでいて、何故この本が古本屋にあったのかが分かった。
この本で著者が大変化が起こると言うその期日はもう過ぎてしまっているのだ。 つまり、この本の前のオーナーはこの本の予言は外れたのだと判断して売りに出したのだろう。
確かにこの本の中では2006年と言うのが一つの大きな変化の時期になっているが、この本に書かれているようなことが起こっている形跡はない。(多少はそれらしき兆候は見られるが・・・)
しかし、今でもフォトンベルトがどうの、2012年がどうのと言う話題は続いている。 多少は予言が外れても、それまでは何かが変わることを期待する、何かが変わることに賭けている人たちがそれだけ多いと言うことなのだろう。
これでは、世紀末にメシアの降臨を待つ人々と何ら変わらない。
しかも、その本には最後には誰もが皆、高次元の存在にシフトすると書いている。
じゃあ、何も気にしなくていいじゃないか。 その時のことをあれこれ書いて扇動しなくても、対処はできる。
ひたすら今を大切に生きていればいいのだから。
しかし、感心したのはこの本には「分離」と「合一」と言う言葉が繰り返し出てくること。 これは私が、レイキの目的でいつも繰り返して一定ることと同じである。
「自他の間に自分が引いた線が幻であることに気付くことがレイキの目的である」
五戒をとことん実感すれば、そのことが必ず分かる。 そこまで行くのがレイキ実践の目的なのだ。
ちょっとはいい事言うじゃない、ゲリー・ボーネルさん。
最後に、ゲリー・ボーネル氏の名誉のために言います。 彼はこの本を通して、自分が得をしようとしたり、我々に我利我利亡者になるように煽っているわけではありません。
そうするのは、低級なチャネラーさんやスピリチュアリストの人たちです。
彼はただ何となく知っってしまったことを、知らせて回って見たかっただけです。
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| 魂は浄化を求めている?−−−−何の? |
魂は浄化を求めている?−−−何の?
やっぱりブックオフに行くといろいろ考えさせられます。
今日手にとった本に、「魂は浄化を求めている」と言うような事が書かれていました。 確かに、色々なカルマを背負って生まれ変わってきているとか言われているし、生まれ変わるのは過去世の悪因縁の清算のためのように言う人もいます。そして、全てを清算し終わると生まれ変わりの輪から逃れられると・・・。
しかし、一方でと言うかスピリチュアリズムの世界では、魂の向上の為にこの世に産まれてくるとか、この世には魂を楽しませる為に産まれてきているとかとも言います。
この言葉だけを見ていると、これらの見解はこの人生の捉え方において反対を向いているように感じてしまいます。
片方はまるで牢獄のように感じてしまいますし、片方は楽しい学校のようにも受け取れる・・・。
両方ともそれなりにこの世だけでなく、あの世のことも感じたり見えたりする人が体験したことをまとめて、伝えてくれているもののはずです。 それなのに何故これほど受け取るイメージがちがうのか・・・
それぞれ見てきた世界が違うのか・・・ そしてこの地上は、それぞれの世界からやって来た魂がちゃんぽんになって存在する場所なのか・・・
そんなややこしいことは無いだろう。 もしかすると、どちらも同じ物を見てきて、見てきた人の主観でそれを描写した結果がまったく違うもののように感じるものになったに過ぎないのではないのか・・・
どちらも、共通するのはある程度進むと、この地上に再び産まれてくることがなくなると言うこと。
それが過去の清算のためなのか,学びの終了のためなのかの違いだけ。
う〜ん・・・
もしかすると、魂の求める浄化とは悪業や悪因縁を拭い去ることではなく、さまざまな思い込みで曇ってしまった心の目をクリアにすることではないのか。
悪因縁の清算とは、曇ったレンズで世界を見ていたためにしてしまった過ちに気付き、魂の正しいありように気付くことではないのか? つまり、決して罰を受けることを意味するのではない。
魂の学びとは、今ある魂の状態に疑問を抱かなくなった魂に、それが本来のありようではないことに気付き、あるべき状態になるようにすることではないのか?
どちらも、宇宙の真理に気付き、それに沿った存在の仕方を受け入れた時、目的を達成されると言うことではないのか?
そう考えればどちらの言い分にも矛盾はなくなるように思うのですが、どうでしょう?
決して、この人生は慎ましやかに質素に生きることが正しいわけでもない。 苦しみを自分に課して、耐え抜くことが正しいわけでもない。 無意味に罰を受けることでもない。 また、闇雲に楽しみだけを求めることを進めるわけでもない。 魂が喜ぶことをすることは、エゴが嬉しい、ワクワクすることをするのを進めることでもない。
どう言う感情を抱いて生きるかは、問題ではない。 感情だけに焦点を当てていると、エゴの喜びと魂の喜びの区別が付かなくなるから、一歩間違えると落とし穴が待っている。
あえて言うなら歓喜の笑顔ではなく、マリア様や仏様の微笑の向こうに真理は隠れているように私は思う。
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| キーワードは「中村」と「谷口」 |
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今日はレイキセミナーにご興味のある方の整体施術がありました。 わざわざ堺からのご来店です。
元々、宗教や精神世界への許容のある方で、三輪さんでお願いをしてからの最近の仕事の環境の変化に少し戸惑われていたようです。
その影響は自分だけにとどまらず同じ職場の方にも及んでいるようで、どうしたものかと言うことでレイキにたどり着いたようです。
色々あるレイキセミナーの中でうちに目が止まったのも偶然でもなさそうです。 と言うのは、仕事上の取引が思いもよらない形で停止となったのですが、状況の進み方から思えば、その開いた穴はもっと良い形で埋められることになるためのハプニングなのでしょう、と私が話をしたら、その相手のお名前が「中村」さんだというのです。そして、その時にやはりトラブルの渦中にいた人物に「谷口」さんと言う方も・・・それ、うちの嫁の旧姓ですわ・・・。 そう言うと、お客様もちょっと気味が悪かったようです。 私の名前は私のHPをご覧になって、これだ!と思われた後に知られたようです。 ですので、状況からいえば、あちらの世界での事後処理をするために同姓の者がいる我が家に来られたんだな〜と言う感じです。 大きなご縁を感じました。
しかし、基本的には充実した感じのエネルギーをもたれています。 ちょっと滞っているところはありますが、根が太いと言う感じで全然大丈夫。
霊能者のお知り合いがいらっしゃると言うので、「あんまり問題ないって言われるでしょう?基本的には丹田が充実しているので、軸からぽっきりと言うことは無いです」と言うような事を申し上げましたところ、「強いものから守られていると言われている」と言われていました。
他にも、いろいろレイキのこと宗教的なことなど一時間半ほど・・・
念を飛ばすのとレイキをするのはちがうこと。 結果はヒーラーには選べないと言うこと。 あれこれ見える能力よりも、この一瞬に直感だけが働く方が迷わずに済み結果的には、魂の喜ぶ道を歩める確率が高いこと。
目先の結果の善し悪しだけで、魂の方向性や宇宙の法則に即した生き方をしているかどうかは判断できないことなど・・・。
もしかすると、私は何も見えない聞こえない精神世界カウンセラーに向いているんでしょうか・・・ こう言う話をしていると、いつもあっという間に時間が過ぎています。 占いの看板も揚げようかな?
さてさて、一応今日のメインは整体施術。 レイキが今日来たメインの用事ですので、所々にレイキも入れます。
症状を聞きますと、胸と腹の境が痛むこと背中の右側が痛むこと、肩凝りに口の中をよく噛むこと。それと座っていると腰が痛くなること。 バランスチェックでは右足が短く、左足首に変形。左足でよく躓くらしい。
これらを一つずつ積み木のように積み重ねていくと、ぴったり答えが出てきました。
姿勢について一つずつ説明していくと、普段いかれている鍼灸師の方にも同じ事を言われていると肯かれています。 しかし、その鍼灸師の方はこれらの一連の状況につながりがあることは説明しているだろうかと思いながら、O久保先生の整体地獄じこみの解説をしました。
詳しくは省きますが、それらが、骨盤からきていることを説明し、足首の変形は骨盤が先か足首が先かは分からないけど、変形は整体では処置が難しいので、靴を状況に合わせてしつらえれば、骨盤のゆがみ(左右の高低差)がましになるので、腰より上の違和感はかなり解消できることを説明しました。
胸の痛みも猫背になっているのを解消すると、胸が開いて充分なストレッチになって解消されることを説明した。 これも鍼灸師の方は指摘していたけど、それを解消するための方策はとっていなかったようです・・・。
そう言うことを踏まえて施術開始。
足首が変形している為にその影響で膝も上手く寄りません。 バランスチェックがしにくい・・・
それで、形は見ていても、その時の感覚だけで判断をすることに切り替えました。 ある種の精神状態になると、指の周りの空間が伸びる方向縮む方向に歪んで見えてきます。できないときもおおいのですが・・・
仙○ローリングの前に背中や仙骨にじっくり手を当ててレイキを流します。 じんわりと染み入っていくような感じの反応。
首の付け根のあたりはかなり明確にビリビリします。
仙骨に手を当てて背骨を透視するようなイメージで背中を眺めます。 すると、首が伸びようと動いているのが分かります。 通ろうとしているんだな〜。
それを確認して、施術再開。
基本手技を済ませると、バランスチェック。
−もう終わってもいい? −いいけどね〜。
−じゃあ、もうちょっとした方がいいところあるでしょう? −あるよ〜
−それは右の肩甲骨の辺りだよね? −ぴんぽ〜ん!
この辺りの筋肉を緩めたら、肩甲骨が動きやすくて胸も開きやすいよね? と確認して、ほぐします。
今日はこれで終了!
胸の痛みが合ったのは抜けていました。
後はレイキの体験。(これは整体のおまけです)
簡単な方法で体感してもらいました。
するとやっぱり首のあたりがぴりぴり・・・ ご本人様も、そこと額に反応。
額の方は、気の充実のようなのでいいですが、首の方はもう少しヒーリングがいるな〜と言う感じです。
全て終わりまして、話を締めようとしていますと、今後はどうしましょう? と言うことで、私は何が????と言うかをしていますと、レイキセミナーのことでした。 あ、そうそう・・・
一通りHPはご覧になっていらっしゃるので、説明はあまり要りません。 通信と対面の話をしましたら、 「じゃあ、対面で。出来たら会社の方でお願いしますか?」
おやおや、こんなに簡単に決めていいんですかぁ〜? と思いもしましたが、ご縁と言うのはこう言うものなんでしょうね。 早速来週の土曜日となりました。
しかも、時間があったら整体の方も、と言うことで。 「じゃあ、マットの方も持っていきますね」と言うと、 「これからも頼むと思うから買っておきます」とのこと。
整体の方も気に入ってもらえたのね。 ただ、大阪市内なので、ちょっと決めている範囲よりも遠いですが、暇な時に行く分ならまあいいか・・・。
でも、その分の出張料金についても設定しておかないと。 そんなにあることではないですけどね〜。
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