プロフィール

出張整体師・中村一弘(通称jonny)

店主:出張整体師・中村一弘(通称jonny)
大阪府枚方市在住。
生まれてほとんどをこの地で過ごし、終いには大阪府枚方市の御殿山駅前で整体院を開業してしまった、大阪特に御殿山大好き人間。

腰痛・肩こり・ストレス・疲労回復・寝違え・背中痛・骨盤修正・姿勢矯正何でもござれ。
優しく体に語り掛けるような施術で体のバランスを調整します。

人は幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる。

何故、整体がみんなを笑顔にするのかって?それは実際に当院の整体施術をご経験ください。百聞は一見にしかずですぞ。
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ブログ版・笑顔のススメ整体院/大阪府枚方市の出張整体師の本音
大阪府枚方市で小さな学習塾をしながら、笑顔をお届けするために出張整体師をしています。これを読むあなたに幸せと癒しの波動を送ります。
偽りの反省
本日、京都をぶらついて帰ってくると、長男の友人S君の母親が来ていた。
長男とその友人は幼稚園からの同級生なので、母親同士も仲が良い。
そして、今はN島君の被害者の親同士と言うこともあり、連絡を蜜に取り合っている。

N島君の母親が、S君宅に謝罪に来たらしい。
うちには来ていないのはどう言うことだ?と思いながら話を聞いていた。

N島君の母親はS君の母親の顔を見るなり、泣き出しながら話し出したそうな。

「もう、二度とこんなことはさせません。父親にもきつくしかってもらって、しっかり反省させます・・・」

まあ、顔見せて謝るんだから、これくらいは言うのは当然だろう。

しかし、S君の母親は、

「いきなり、うそ泣きか〜」

とあきれてしまったそうな。

謝罪で泣くのは、ずるい。
泣くという行為は、感情の高まりであって筋道立てて何が悪かったのか、これからどうしていけば良いのかを冷静に考える機会を放棄することだ。
つまり、泣く奴は何度も同じ過ちを繰り返す可能性が非常に高いのだ。

また、泣くことで許される、と言う旧来の女性のずるさもそこにはある場合が多い。

だから、涙を見たら反省はしていないと私は判断する。

筋を通すのではなく、情で一気に全てをチャラにしようと言う卑劣な行為だ。

まあ、そこまで思う私も大人気ないのだが、何故うちには謝罪に来ない?訳分からん。

そして、N島君の母親の次の一言にぶったまげた。
多分私がその場にいたら、雷が落ちていたに違いない。

「次に学校の外でこういうことが在った時は直接言ってきてくださいませんか?学校の中でのことなら学校に言ってもらったらいいですけど・・・」

無反省であること決定!

二度とさせないくらいに強く叱るといっておきながら、何故次のことを話しなといけないのだ?

筋が通らん!

そして、この言葉には、巧妙な裏があるとひねくれた私には見えてしまう。いや、かなり露骨か・・・

つまり、学校には親の躾の至らないところを知られたくないのだ。

今までのN島君の大人からの評価は挨拶も程ほどに出来て、勉強も出来る。はっきり物が言えるなど、完全に優等生なのだ。

しかし、その裏でやっていることはプチ犯罪。それが表に出ることが怖いのだろう。何せこのお母さん引っ越してきて早々、自宅で塾を始めてるんだから、自分の子供もしつけられないというがばれるのは痛い。

そして、N島君はどうしつけられたのか、親を見て育った結果なのか、大人の目があるときと子供だけの時の態度を極めて自然に使い分けてしまう。
だから、学校の中だけでは良い子ちゃんなどと言うのは朝飯前なのだ。

そして、学校の外で大人の目の届かないところになると悪さを始める。
もし、この母親の要求通りにやればどう言う答えが返ってくるのかは火を見るより明らか。

「うちの子はそんなことした覚えないと言ってます。それにそんなことする訳ありません。」

今回、何故素直?にSさん宅に謝罪に行ったのかはっきりしている。

担任教師が、本人に問いただして自白を取ってから家庭に伝えているからだ。
これが無かったら、謝罪になど行かなかっただろう。

それから、もし校外でのトラブルから不登校になった場合はどうする?
学校も普段校外でどんな関係なのかが見えなければ適切な対応が出来ないではないか。

だから、これからも学校には報告する。
それは謝罪させるためではない。
学校の中と外では態度がまるきり違う子供がいることをきちんと学校に認識させるためだ。

そうしなければ、いざと言うときに学校は機能できない。
学校を機能させるためにはしっかりと情報を与えておかねばならない。
直接指導!
長男が、ゆすりのN島くんと学校から帰ってきた。

先日に別の子供が、彼に物を盗られそうになったり、服に落書きをされたりしていたのを聞いており、少し前には次男を蹴り飛ばしてそのまま逃走する事件もあった。

つまり彼は、窃盗、恐喝、暴行と大人であれば立派な犯罪者なのだ。

その親は担任からそのことを報告されても、わびにも来ない。
本人も担任より指導を受けた後にも、ターゲットを変えて悪さを繰り返している。

相手の親の指導も当てにならないので、一度顔を見たら強く指導しておこうと思っていたところだ。

「キミは何やら悪さを繰り返している見たいやな」
「・・・」
「おっちゃんと頃には全部話が入ってきてるんやぞ」
「・・・」
「人のものをかばんに入れて盗もうとしたり、人からお金をゆすろうとしたり、先生に注意されてからもやってるみたいやな」
「・・・」
「そんなことしても何も楽しくないぞ。みんなと楽しく遊びたいのならばれて気まずい思いのするようなことはするな。隠れてしていても全部ばればれやぞ。それから大人に聞かれてまずいようなことも話していたらあかん。もっと正々堂々と生きていかんでどうするねん。今からする事やないやろ。」
「・・・・」
「キミがしているようなことに対して、お母さんはどういってるかは知らんけど、とっても恥ずかしいことや。周りの人はどんなふうにしつけているんかと、笑ってるぞ。お母さんにはずかしいおもいさせていていいんか?」
「・・・・」

彼は都合が悪くなると、黙り込む。
そして、反省の振りをして、同じ事を繰り返すのだ。

この日、彼は長男と、他の友達と遊ぶ約束をしていたが、このことがあってかやってこなかったらしい。

しかし、本当の反省はしていないことも分かっている。
これからも、注意していかねばならない子供なのだ。

誤りにも来ないところから考えても、親に常識がどれだけあるのかが、クエスチョンマーク。
間違った躾を受けて、間違ったお手本を家庭で見て育つ子供は本当に不幸だと思う。

なら、これも何かの縁だ、気が付いた大人が注意して見て行こう。

それにしても、学校は当てにならんな・・・。
師よ、あなたの教えは弟子を救います
今日は昨日のお客様のお母様の施術。

予約の時間に元気いっぱいに入ってこられました。

かなり良いようにお話しを聞いてられたようで、期待でわくわくされているのが分かります。

ん〜、ただ、思うことをして行くだけで、期待されるほどのことは出来ないんだけどな〜。

期待と言うのは裏切られるために在るものだと思ったりもしています。

まあ、話半分であまり期待はしないで下さいね〜、と念を押してから、口頭で状態を伺います。

そして、姿勢などを実際に見てチェック。

状況を説明していき、お客様のいわれいたものと擦り合わせて、お客様に現状のイメージを明確にしていってもらいます。

そして、施術・・・なのですが、さすが親子と言うのか、やはり雑談が合間合間に入ってきます。

気がついたらあっという間に一時間。

そして、更に45分。

炎症のある足首の痛みは取り様が無いけど、頑固な肩凝りと、どうもそれと関係ありそうな腕の痺れは取れました。
最後に左腰の奥に残った違和感。
ちょっと操体的な操作で8割がた抜けたので、それ以上は追いかけない。

最後に姿勢をチェック。
やっぱり、体の曲がり方が強く出てきたな。
この曲がっているのを補正するためにあちこちにがたが来ているんだね。

でも、お客様の主観としては、聞くに違わず驚くほどに体が楽になったと感激されています。

とりあえず、骨盤の状態の修正はしているので、それに合わせた変化はこれからも出てきます。

だから、これでOK。

このまま定期的に続けるとどうなるかと、聞かれたので思うままを答えた。

基本的に完全にゆがみを強制したからと言っても、日常生活での動きに癖がある限り知らず知らずに歪みはたまっていきます。ですから、習慣から来る腰痛や肩凝りには完治と言うものは無いとも言えます。
ただ、月に一回でも定期的に体のメンテナンスをして行くならば、週に2,3回ご家族に肩もみをしてもらっていた頻度を2週間に一回とかに減らせるかもしれません。

アクシデントでずれた骨格や、筋肉の異常緊張などは何回受ければ、それについては施術の必要は無くなるかと思いますが・・・。

そう言うと、お客様も納得されたようで、

「じゃあ、また来させていただきますね」

そして、最後に、

「普段マッサージとかに行くけど、全然違うのね。マッサージは筋肉だけだけど、整体は・・・」

「筋肉と繋がっている骨の位置などにもアプローチしますので、部分的でなく全体的に影響を及ぼしますね」

「そうそう、そんな感じ。
それで、施術しながら体のことを説明してくれるから、体の変化がよく分かるのが楽しいのよ。ほんとに来てよかったです。」

私の解剖学の知識などはまだまだ底の浅いものだ。
しかし、先生より受けている指導を手本に、如何に自分がイメージしているものを相手に伝えて行くのかを心がけていると、そのこと自体が手技の効果を引き立ててくれている。

ただ、黙々と施術するのも職人ぽくて良いかもしれない。
世間話で施術に関係ないことばかり話をして楽しませるのも良いかもしれない。

でも、やはり、お客様のイメージの力まで総動員して施術がすれば、自分の実力以上のものが結果として現れるかもしれないとも思う。

そのために、師の教えはどれだけ役に立っているか、計り知れないものがある。

感謝感謝感謝
お言葉に甘えまして・・・
今日は朝から一件の施術。

ドイツから帰国中でもうすぐまたドイツに戻られると言うことだが、先週が初めての施術で思っていた以上に体調が改善されたと言うことで、戻るまでに又受けておきたいとリピートしてくださった。そして、更にお母様も別の日にご予約いただいた。

手術後のリハビリを今もされていて、その経験から、一回では何の変化も無いだろうくらいに思っていたようで、一度で腰痛が取れて体が軽くなったのは感動物だったと、予約の際のメールで頂いていましたが、ほんとに、入ってこられたときの表情が前回と全く違っていたのが印象的。

しかし、前回もそうだが、施術よりも雑談の方が明らかにウェイトが大きい・・・

手技を一つ二つする間に、ガス抜きをするように会話が始まり、施術をしながらも思い出したように話をする。

集中をする時は自然とお互い黙っているのだが、ふと集中がいらなくなると話をしているような感じで、普通にしていれば40分もかからない内容で2時間が経過していた・・・

あちゃ〜、今回も時間をかけすぎてしまった・・・
同じ姿勢をずっと続けること自体が、姿勢を狂わせるので施術はさっさと済ませると言うのが理想なのだけど・・・。

とりあえず終わってから、違和感の無いところを確認しよう。
バランスチェックはOKだしね。

でも、少し首に違和感があったので最後にこちょこちょっといじって取っておきました。

そして、お会計。
おもむろに4000円を出されて、私がおつりを出そうとすると、

「いえいえ、これだけしてもらって、3500円では申し訳ないですから・・・」

と言っても、誰にしていてもいつもこうだし・・・
それに行った手技にしても通常している範囲のことしかしていないので、受け取れませんと伝えても承知してくれない。

私も貧乏なので、非常にありがたいのが本音だけど、これを慣例化してしまうと、私が相手の厚意を当てにするようになってしまいそうで怖いのが本音。

実際今までも、何度かそうやって辞退してきたこともあるし・・・。

しかし、今回はセッションに掛かった時間とご本人の納得度合いから、逆に受け取ってもらわないと、こちらが落ち着かないと言うことで、お言葉に甘えさせていただきました。

もしかすると、こういう申し出(追加料金?)をお客様から受けたときに頑なに辞退するのは、相手の自尊心を尊重していないことになるのだろうか。

どうしても、大阪のしかも貧乏人の気質があるもので、ものが良いのは当然で安ければ更に良し、と言う思考が働いてしまう。

お客様に喜んでもらえるだろうと思い、それで良いのだと思っていたけど、そうではないのかもしれない。

受け取ったサービスの満足度に応じたそれ相応の料金と言うものは、お客様が決めるべきなのかもしれない。

さてどうしたものか・・・。

それはそれとして、この日のお客様、雑談で分かったのだが、一つ年下で私と同じ年の姉妹がいらっしゃるらしく、その二人とも私と同じ幼稚園出身であることが判明。
しかも、同じコースのスクールバスに乗っていたらしい。

う〜ん、そのバスには30人くらいの子供が乗っていたからな〜。
誰が誰かなど分かるわけも無い。

それにしても、世間は狭い。
ドイツからのお客様と思っていたら、同じ幼稚園なんだから。

ということは、もしかすると母親同士はPTAで顔見知りだったりするのかな?

また、いじめか?
今朝、長男がお腹が痛いから学校を休むと言い出した。

話を詳しく聞いて行くと、どうも同じクラスのN島君から「お金を持って来い」としつこく言われているらしい。

これは、一昨日にも同じ事があり、そのことを連絡帳に書いて、学校で適切に指導することを求めていたのだが、その指導の後にも、同じ事をしてきた結果だ。

何でも、そのN島君は言うことを聞かないと、喧嘩を吹っかけてくるらしい。
つまり力ずくで言うことを聞かせようとしていると言うことだ。
もしかすると、これは、い・じ・め?

いや、間違いなくイジメ。

確かに、それを一蹴してしまえない長男にも問題があるのだが、将来の犯罪の目を積むには、その様なことが平然と出来る子供の性根を今のうちに叩きなおしておかないといけない。

一体どんな親の元で育つとその様になるんだろう?
とりあえずは、学校からその家庭に、事情を説明して家庭での指導の強化を促すように希望した。

しかし、こんなことで鳴りを潜めるような奴ではないことは承知している。

長男にも、そんな時はきっぱりと断るように、注意をした。
大人になれば、親は介入できない。
だから、しっかりと断れる人間にして行くのも親の仕事だと思う。

でも、多分私は世間の親に比べると、子供のことに介入しすぎているんだろうな・・・。
障害の分を差し引いて考えたとしても。


大学進学に資格テスト、教育再生会議が検討
読んで、何を今更と言う話だと思った。

私は10年以上前からそう思っていた。

日本の大学は入るのは難しいけど、出るのは簡単などと言われていたのは大昔のこと。
今の日本の大学は選ばなければどこでも入れるし、顔とお金を出しているだけで、卒業証書もくれる。ところもある。

分数の計算が出来ない、小学校の漢字が書けない、読めない。作文が書けない。一週間が英語で書けない。
そう言う子供たちが高校を卒業させてもらえるのだ。
しかも、公立高校でも。
税金の無駄遣いだ・・・。それすら覚える気持ちが無いのに教育の機会均等を盾に高校に入ってしまうのは、筋違い。

それでも卒業すると、大学受験資格は手に入ってしまう。
そして、次には作文と面接だけで入れる大学が次に待っている。
そして、大学では学校が至れり尽くせりで生徒の顔色を伺って気分良く勉強をしていただこうとあの手この手で楽しく学園生活を送れるようにと企画を立てる。

そのお蔭で日本の四年生進学率は上がってきた。
そして、大学進学率の高さを国民の知的水準の高さであるかのように言っている人もいたけど、それは本当か?

違う!
単に国民が豊かになったから、さっさと働く必要がなくなって、親が子離れできなくなって、そのために子供が自分の人生を自分でどうにかしようと言う気概を失ってしまった比率が昔より増えているだけだ。

どうにかしようと思わない人が増えたから、ふらふらっと勉強をせずに高校も出てしまい、大学にまで入ってしまう。

だから、大学での基礎学力低下が問題になってくる。

国の大学進学率などどうでも良い。
一パーセントでも良いのだ。
きちんと学ぶ意欲のあるものだけが行けば良い。

じゃあ、資格テストには通らないけど、一つの分野だけずば抜けているような人材は救われないと言う人も多いだろう。
そう言うことを言ってきたために、甘えた子供たちが勉強をしなくなって、今の学力問題になっているのだ。

だから、一芸だけの人間はその一芸を伸ばせる専門学校に行けば良い。
その専門学校卒業と言う資格の扱いを四年制大学卒業と同じ重みにすれば良いじゃないか。(当然その専門学校は4年生と言うことになる)

そして、その中でも特に優秀なものは大学院への進学すら認めれば良い。

そうすれば、国の経済基盤を支える技術力は少なくとも維持はされるだろう。
そして、技術力とはあまり関係のない、実際にはそちらの方が圧倒的に多いのだが、文系・社会系の学生については、勉強やる気が無いなら、専門学校で適当な資格を取ってさっさと社会に出て、もっと大切な社会勉強をすべし!
文系の勉強は社会に出てからの方が密度が濃いのだから。

かなり、暴論であるかもしれないが、国の制度なのだから、国の豊かさを維持して行くための仕組みの一環で無いといけない。

今の大学の半数近くは、単に労働者の付加価値の生涯生産額を減らしているだけに過ぎず、結果的には国の資源を食っているようなものだ。

福祉や年金問題などを考える時、今在る予算のどこから財源を持ってくるかを議論するだけでなく、今ある国家的な資源をどのように生かすのかと考えれば、一人一人の生涯の生産額をあげて行くという発想も在ってしかるべきだと思うのだが・・・。

そのためにも、義務教育のあり方、高等教育のあり方についても定義が変っていかねばならないと思う。

豊かさが永遠に続くような錯覚に陥っていたバブルの頃は国民一人一人が個性を大切に好きにしてください、でも良かっただろう。

しかし、人口構成など国家の構造的に豊かさは間も無く底をつくこの国において、そんな悠長なことはしていられないはずだ。

別に私は国粋主義者ではない。
愛国精神と言うものも正直言って薄い。
日本の国土、文化が大好きなだけだ。

しかし、そこに暮らす人間が無ければ、その国土も文化も生かされることは無い。
それを考えると、国家のことまで考えてしまう・・・。

朝早くから
夕べは、整体の勉強会の後、打ち上げで家に帰ったのが夜の12時半。
滅多に飲みに行くことが無いので、こういう時にはしっかり楽しみます。

土日、家を空けていたのでたまっているメールが700通。
その殆どがスパムメール。
HPをしていると嫌でもこういうのが来る。
お蔭でたまに、重要なメールを間違って削除することが在る。

それをチェックして1時半に就寝。
朝は7時半に起床。
しかし、前日にアルコールが入っていると、体がだるい。

それにしても、今朝は寒いな。。。
居間にはいると、今年初めての石油ファンヒーターが出ていた。

朝食を食べて、8時半ごろ、そろそろ次男を幼稚園に送っていこうかとしていると、呼び鈴がなった。

嫁が出ると、お向かいさんが来ていた。
お向かいにおじいさんが亡くなったそうだ。
なくなったのは、父親の同級生だったと思う。
わざわざ親父と同じ年に人生の卒業までしなくてもいいのに。
しかも、昨日お通夜があったらしく、今日の9時半から告別式。
場所は駅前で父親と同じところだから、すぐそこだけど・・・

とりあえず、服を着替えないと・・・
礼服を着て、香典をもって行くのに、ポーチを・・・
あれ、ないぞ。

どこを探しても見つからない。
そうしているうちに次男を送って行く時間も過ぎる。
私が告別式に行くから、嫁が送って行くのかと思っていたら、嫁は私が連れて行くのだと思っていたようで、時計を見て思わず口論。

いや、そんなことしている時間は無い。
とにかく、嫁に幼稚園に送っていかせる。

嫁が帰ってくるまでは、三男は私と家で留守番。
その間に、もう一度探してみると、探していたポーチは出てこずに、別のものが出てきた。
父親が以前に置いていったやつだ。

しょうがない、これで良いや。
と言うか、これしかない。

父親の持ってくるものは、あまりありがたく受け取ったことはない。
このかばんにしてもとりあえずおいていただけだったが、いざと言う時に役に立ってくれるとは・・・

死んでからでは遅いのだけど、感謝してありがたく使わせもらった。

さて告別式、と言ってもただ後ろに立って、お経を聞いて、焼香をあげて、遺体を見送るだけだ。

周りは近所のじいさんばあさん。
やっぱりここは田舎なんだな・・・。

帰り道、更に寒くなっていた。
そろそろ本格的な冬だ。

縁起でもないが、回覧板でお亡くなりの連絡が回る季節でもある。

朝早くから
夕べは、整体の勉強会の後、打ち上げで家に帰ったのが夜の12時半。
滅多に飲みに行くことが無いので、こういう時にはしっかり楽しみます。

土日、家を空けていたのでたまっているメールが700通。
その殆どがスパムメール。
HPをしていると嫌でもこういうのが来る。
お蔭でたまに、重要なメールを間違って削除することが在る。

それをチェックして1時半に就寝。
朝は7時半に起床。
しかし、前日にアルコールが入っていると、体がだるい。

それにしても、今朝は寒いな。。。
居間にはいると、今年初めての石油ファンヒーターが出ていた。

朝食を食べて、8時半ごろ、そろそろ次男を幼稚園に送っていこうかとしていると、呼び鈴がなった。

嫁が出ると、お向かいさんが来ていた。
お向かいにおじいさんが亡くなったそうだ。
なくなったのは、父親の同級生だったと思う。
わざわざ親父と同じ年に人生の卒業までしなくてもいいのに。
しかも、昨日お通夜があったらしく、今日の9時半から告別式。
場所は駅前で父親と同じところだから、すぐそこだけど・・・

とりあえず、服を着替えないと・・・
礼服を着て、香典をもって行くのに、ポーチを・・・
あれ、ないぞ。

どこを探しても見つからない。
そうしているうちに次男を送って行く時間も過ぎる。
私が告別式に行くから、嫁が送って行くのかと思っていたら、嫁は私が連れて行くのだと思っていたようで、時計を見て思わず口論。

いや、そんなことしている時間は無い。
とにかく、嫁に幼稚園に送っていかせる。

嫁が帰ってくるまでは、三男は私と家で留守番。
その間に、もう一度探してみると、探していたポーチは出てこずに、別のものが出てきた。
父親が以前に置いていったやつだ。

しょうがない、これで良いや。
と言うか、これしかない。

父親の持ってくるものは、あまりありがたく受け取ったことはない。
このかばんにしてもとりあえずおいていただけだったが、いざと言う時に役に立ってくれるとは・・・

死んでからでは遅いのだけど、感謝してありがたく使わせもらった。

さて告別式、と言ってもただ後ろに立って、お経を聞いて、焼香をあげて、遺体を見送るだけだ。

周りは近所のじいさんばあさん。
やっぱりここは田舎なんだな・・・。

帰り道、更に寒くなっていた。
そろそろ本格的な冬だ。

縁起でもないが、回覧板でお亡くなりの連絡が回る季節でもある。

PTA!?
授業が早いコマで終わったので、8時ごろに家に帰ってご飯を食べていると、ピンポンが鳴った。

こんな時間に誰だ?新聞屋か?

戸を開けると10人ほどの30〜40代のおばちゃん。

な、何があったんだ?
長男が何かやらかしたのか?
それとも、新興宗教の追い込みか?

身構えていると、小学校の来年のPTA役員のなり手を捜しているという。
で、誰かが私を推薦したそうな・・・

そう言えば、去年も来てたな〜。
去年は自営業で忙しいとか言って、断ったっけ。

しかし、誰が推薦したかと聞いても答えない。とにかく沢山の人が推薦しているとか言うが、そんなはず無い。

「それはないでしょう、この辺りでの私の受けは良いはず無いですからね。ないない。」

多分いつも暇そうにふらふらしているから、あいつにでもさせて置けということなのかもしれないが、そんなこと引き受けたら仕事にならん。

とにかく、断る理由を考える。

「それは、男やないとあかんもんですか?」

「いえ、そうではないですが、来年は男の人にしてもらおうかと話でなっていまして・・・」

よく分からん理屈だ・・・

「うち、塾しているでしょう。だから、あんまり学校には出張っていきたくないんですよね・・・。子供が絡むから利害も絡むことやし。」
「・・・・」
へらへら笑っているよ・・・。分かってるのか?

「それに私は学校にとってはちょっとしたクレーマーになってるから、学校の先生にしたら嬉しくないんとちゃうかな?」
「・・・・」また、うすら笑ってるよ・・・。訪問販売と変わらんな。

本音としては、仕事と子供の世話の邪魔にならないのなら、やっても構わないと思っている。

しかし、私は自営業者だ。

塾は土日は休みでも整体は依頼があれば土日でも関係なく受けることにしている。
そうしないと食べていけないからだ。

自営業者には有給休暇というものは無い。

もし、行事や会議の時に整体の依頼が入ったり、入会面談が入ったらどうなる?
誰も変わりにしてくれる人はいない。
そして、それで逃がした売り上げを誰も保証してはくれない。

もし、今の塾の生徒が20名を超えていて、整体のお客さんが平日に一日3名くらいコンスタントに来て貰える状態なら何の心配も要らないだろう。

しかし、現在、それに遠く及ばない状態。毎月貯金を切り崩して生活しているのだ。
更に来年になれば塾の生徒は卒業して半分は止める。

PTA活動などのんきにやっている状況じゃないだろう?

話を聞いていると、毎月一度は土曜日に会議があるとか言っているが、口ごもりながら結果的には月に2,3回は呼び出されるようだ。しかし、土日でも私は仕事がある時がある。
しかも、定期面談や試験前の補習、模擬テストなどで、時期を変えることの出来ないものだ。

これが、断らないといけない一番大きな問題なのだ。

そして、もう一つ。
長男の問題だ。
彼の成長を支えるためにも、もっともっといろいろな体験をさせたい。
そして、一緒にいろいろなことを考えたい。
普通に町の暮らしをしているだけでは、彼の場合は行き詰まってしまう。
相変わらず、いじめとも隣り合わせの人間関係も続いている。
と言うか、障害がある限りそれは一生続くのかもしれないが、成長の過程にある今はできる限り心の傷が残らないようにしていきたい。

彼を守るためには、学校を敵に回すこともありえる。
何せ、あの学校は去年、長男のいじめの申告をもみ消そうとした学校だから。

PTAは学校と協力して学校運営をスムーズにして行くのが役割だ。
しかし、私は学校と信頼関係を築くことが出来ないくらいに不信感を持っている。

これでどうやってPTA役員などしろと言うんだ?

そんな奴に頼まないといけないくらいに、なり手がいないのならPTAなど解体すれば良い。
押し付けあって続けるものでもなかろう。

灯台下暗し・・・
2ヶ月くらい前から何気なく見たいと思っていた本があって、家の中を探していた。

1年半くらい前に、ダンボールで20箱を超える本を処分してから、その本を見ようと言う機会も無かったので、もしかすると、その時に一緒に処分していたのだろうか・・・

確かにその本を手にとって、これからの人生で余り関係ないだろうな〜と思いながら、処分の選別の時に眺めていた記憶があったのだ。

それが、この一週間無性にその本を見たくなり、もう一度家の中の本棚と言う本棚を探してみたが、見つからない。

やっぱり処分しちゃったんだ・・・

そう思って古本屋やインターネットで探そうと思ったのだけど、正確な本のタイトルがわからず、それらしき本がヒットしない。

縁がなかったのかな・・・
諦めかけていたのだけど、夕べ、何気なく寝る前に読もうと思っていた本を読む気にならなかったので、寝室の隣の部屋の本棚を眺めていた。

すると、カバーをしている文庫本が目に入ってきた。
その本棚はいつも見ている本棚。
何度も探していたはずの本棚だった。

あれ?この紙の質は・・・
そう思って手にとって見ると、「日本の島 成美堂」。

これだ、これがずっと探していた本だ。

その本は日本の離島の写真と解説が載っているだけの本だけど、眺めていると妙に落ち着く。

久しぶりにすっきりした気分で眠ることが出来た。
天河弁財天社行って来ました
3年ぶりに天河弁財天社に参ってきました。

天河には縁がない人は神様に入れてもらえないとか言われていると、聞いたことがありますが、3年前三男がお腹の中にいる時にここに参ったところ、出血が止まらずに、破水までして流産しかけるということがありました。
それ以来、あそこに行くと三男が危ないなどと嫁が怖がっていたので、3年も間があいてしまいました。

近くには洞川温泉。大峰山の上り口に宿場町があります。

親父が元気な頃は毎年大峰山に参っていたので、元気が無くなってから一度は車でここまでは連れてきてやろうと思っていたのですが、結局それも出来ずでした。

朝8時過ぎに家を出て、車で3時間半以上。
途中に昼ごはんを買ったりしていると着くと12時半。

この辺りは何年経っても変わらないんでしょうね。
と言うか、変わらないでいて欲しいです。

しかし、パワースポットとしての評判の高いこの場所は昨今のスピリチュアルブームもあって、いろいろな人の出入りが増えているように思います。

まあ、いろいろな人を引き寄せるだけのものは確かにあるよな〜と思いながら、境内を歩きます。(そんなに広くはありません)

そして、階段を上り本殿でお参り。
人がいないので声を上げて祝詞を唱えました。
音響が良いので、良く響きます。

30分もいると、子供たちが退屈し始めたので、河で遊べる場所に移動。
洞川温泉に向かいました。

すると・・・


洞川温泉への道の途中に現れた看板。

も、モーソン?
ま、山の中だから良いか。
愛嬌、愛嬌、、

洞川温泉に着くと、竜泉寺と言うお寺があります。
子供のころに、大峰登山前日にこの温泉地で宿泊していた頃は、夜に散歩がてらにこのお寺の中を散策していました。

子供のころを思い出しながら、やはりここも20数年変わらないな〜と、ちょっと嬉しく思いながら参拝。

子供たちは、あれこれ物色、生き物を探しています。
そして、蛇の脱皮の皮を発見。

金運アップのラッキーアイテムゲット!
これで、11月はばっちりか???

お参りを済ませて、その前の川で子供の時間。
もう秋なのに何故そこまでして、川で遊ぶんだ?

一時間ほどして、納得をしてもらいまして、今日のお目当ての温泉です。

あんまり広くないんだけど、結構すっきりします。
30分ほどの入浴だったけど、体感は一時間。
よっぽどリラックスしていたんでしょうね。
ちょっと得した気分でした。





ぐいーっと力を入れて抜くだけです
今日は二件の整体施術。

朝に二つ離れた駅まで出張。
毎月月始めの頃に、電話を頂く。

月一度くらいのペースでの施術と言うのは、一応体調管理においての、私のおススメペースだ。

一回ご利用いただいて、劇的なことが起きないとそのまま連絡の無いお客様も多いが、特に何も無くても、こつこつと続けてご利用いただいている方からは、体質的な変化についても耳にするようになる。

よくあるのは生理痛に関わること、ほかに疲れにくくなったり、風邪を引きにくくなったと言うのもあるが、肩こり腰痛が起こりにくくなったなどと言うのは当たり前で、中には思考がプラス思考になったとか、怒りっぽくなくなったと言う事も聞いたりする。

どうしても、日常生活の中で左右差のある動きや姿勢が積み重なるので、時間が立てばおかしいところが出てくるのは当然。

整体の後でしばらくして、それが出てきた時に、だから整体は効かないと思うのはお門違い。
最初に整体を利用したのが、長年のゆがみの蓄積の結果であるのに、そう言うことを忘れてしまうようだ。

いくら、矯正してもその後にゆがみを蓄積すればまた、痛みもコリも当然出てくるし、一度できれいに矯正されるなどと思うのは幻想でしかない。

月一回くらいの利用をされる方は、そう言うことをきちんと理解している方とも言える。
そう言うお客様は話が分かるので非常にありがたい。

ちょっと講釈が長くなってしまった。

もう半年以上、月一回ペースでご利用いただいているが、様々な変化をよく観察していただき、毎回気付いた変化を教えてくださり、私も勉強になっている。本当に感謝。

今回は特にどこかに問題があるというわけでもないけど、少し精神的にお疲れの様子。
それに少し腰痛と肩凝り?

姿勢のチェックをすると、今までとは反対に歪みが出ているな〜。
でも、別に病的な状態でもないので、あまり気にしないでいこう。
それよりも、精神的な疲れが取れるように、ヒーリングの要素を多めに入れよう。

間にゆったりと過ごしてもらう時間をとりながら手技を施し、お話をしながら体から返ってくる温かさを感じながら、手技を進める。

普段はあまり聞かないのだけど、最後にやり残しはないかを確認すると、首の付け根に引っ張られるような感じが残ると言うので、少し思案。
さて、どうしようかな。普段と同じようにしても良いけど、わざわざ又横になってもらうのも手間だし。

と言うことで、正座の状態であごに手を当てて抵抗にした状態で、あごを引いてもらいます。そして、脱力。

あれ?でも、違和感の場所が変わりました・・・。

じゃあ、その場所に緊張が入る動きの直線上で、その動きの正反対の動きを抵抗を入れながらしてもらうと、あれれ???

と言うことで、問題解決。

そして、一言。
ちょっと頭の上に手のひらを浮かして、

この辺りに頭が浮いているみたいになったんですけど・・・

はい、頭を支えるどの筋肉にも余計な緊張が入っていない状態で収まると、そんな感じになると思います。


昼からも、いつもごひいきの方。

腰痛と腰まわりのだるさに肩凝り

いつもなら、基本手技の後で言われているところに修正をプラスするのだけど、今日は先に手を入れてしまった方が良いと感じて、痛みの出る動きを確認して腰椎の修正から。
これは、赤ひげ塾で教わったテクニック。
そして、残った痛みとだるさに対しては、朝のお客様のと同じ考え方で、対応。
痛みの出る方向を確認して、それと反対の方向になる動きを考えて、抵抗を入れながら動かしてもらって、脱力。

すると、あれあれあれ????

お客様、笑いながら頭の上にクエスチョンマーク飛びまくりです。

こういう日もあるんだな。

普段は地味に施術をして地味な結果を積み上げていますが、ちょっとした思い付きで、お客様に笑顔を作ることが出来ることもある。

これは、勉強の指導でも、整体の施術でも同じ醍醐味。
ちょっとしたひらめきが人に笑顔をもたらしたりするのが嬉しい。

しかし、この旨味は麻薬でもある。
いつでも同じことが起こるわけでもなく、奇をてらって思い付きばっかりの施術をしていたら、その内基本を見失う。

だから、狙ってやるものではない。

それをしっかり言い聞かせていないと道を踏み外すことになるんだろうな・・・。

さて、最初に主訴のメインを解消してしまったので、後はそれが持続できるように、基本手技を入れて、その場所に負担が掛からないように意図した、重心の修正をする。

そして、立って頂くと、やっぱり背中の曲がりがくっきり出てくる。
このお客様の場合、どうしても普段の仕事の負担の蓄積があるので、一番楽に感じる姿勢がこの姿勢。

だから、急には変えられない。
慌てず、じっくり普段の動きについても考慮に入れながらやっていきましょう。


思いついてやったとは言いながらも、実際には10月末の整体の復習会でしたことがベースになっている。

単に技を教わる勉強会ではなく、そこで起こる変化のプロセスを教わる勉強会なので、同じ変化のプロセスを再現すれば体に着実に変化を起こせるようになる。つまり、そこには無限のバリエーションが在るということだ。

通常ならば、施術の対象となる部位が増えれば、その数だけ手技の種類が増えて行く事になるだろう。

しかし、私の整体の先生の勉強会では、知っている手技の数は変わらなくても、体の仕組みを知れば知るほど、出来ることが増えて行く。

丸覚えではなく、原理の理解がどれだけ大切であるかを実感する。
日本人なら七五三


次男の七五三。
八幡の岩清水八幡宮でご祈祷をしてきました。

長男も二年前にここでご祈祷をしましたが、この時は嫁が緊急入院中だったため、ばあちゃんと三人で参りました。

今年は、家族そろって来れて良かったです。


その言葉こそ迷惑です
11月に入って幸先が悪い。
と言うか、10月前半が良すぎたのかな?

朝に三男の散歩がてらに父親の墓参りに行ったのがいけなかったのだろうか・・・。

夕方、授業が始まって間も無く、次の授業の生徒の母親から電話がかかって来た。

あ、今日も休みか・・・・ 
体が弱く、よく休む生徒なのだ。

すると、「子供のクラブが忙しく、月の半分を休んでいるようなものなので、そちらの迷惑にもなりますので、しばらく休ませます・・・」

あ、そうですか、でもこちらは全く100パーセント迷惑はしていないんですよ。ただ、お子様が勉強よりクラブの方が大切と言うならそれも一つだと思います。

そう言って、休会を承諾した。

止めるなら、辞めるで良いのだ。
理由も休んでばっかりで授業料がもったいないと言えばそれで済むこと。

それを、まるでこちらが迷惑しているのが心苦しいみたいに言われるのは、どうだろう?
もし、こちらの迷惑を考えるなら、止められる方が収入が減る分、余程迷惑なのだ。

こういわれると、こちらが悪者になってしまった気がしてくるではないか。

相手を思いやっているつもりで言っているのかもしれないが、この場合全く裏目である。

もし、私がボランティアで自分の時間を割いて、勉強を教えているのなら、この言葉は活きてくるのだけど・・・

言葉の使う状況と言うものは非常に難しい。



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