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| プロフィール |
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店主:出張整体師・中村一弘(通称jonny)
大阪府枚方市在住。 生まれてほとんどをこの地で過ごし、終いには大阪府枚方市の御殿山駅前で整体院を開業してしまった、大阪特に御殿山大好き人間。
腰痛・肩こり・ストレス・疲労回復・寝違え・背中痛・骨盤修正・姿勢矯正何でもござれ。 優しく体に語り掛けるような施術で体のバランスを調整します。
人は幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる。
何故、整体がみんなを笑顔にするのかって?それは実際に当院の整体施術をご経験ください。百聞は一見にしかずですぞ。 整体の施術については 大阪府枚方市の出張整体・笑顔のススメ施術案内へ
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| まだ続く? |
水曜日も似たような事が続いて起こった。
この日はメールの内容。
二人の整体のお客様から頂いたメールの内容がご親族に関する内容のものだった。 そして、そこに共通点。
それは、前世からの業に絡んでいると思われる内容。
だからと言って、お祓いや除霊をして解決、と言うような事ではない。 そこに、今の自分が受け止めるべき事、学ぶべき事がある。 それをしない限りは、クリアできない問題。
業と言うのは、そう言うものだから。
波動をあげたら解決、とかお守りを持ったら解決、何て事は絶対にない。 一時的には押さえられても、根っこはしっかり残っているから、必ず問題に取り組まねばならないときが来る。
インスタントな世の中で何でも、人任せ、お金任せ、怪しいノウハウ任せで解決できるような風潮だけど、そんなのは問題の先送り。
必ず利息がついて問題は戻ってくる。
先送りすること自体は否定しない。 私もよくするから。 でも、次に利息がついて肥大化したその問題と対面した時に十分に受け止められるように、自分がよく学び、成長していなければいけない。
その部分をきちんと伝えている人がどれだけいるのだろう?
幸い今回のメールのお二人はそう言う事はよく理解されている。 ほんのちょっと、参考になりそうな事を伝えれば十分に伝わるだろう。
これも、何か意味があるのか? そう思って最近の流れを振り返る。
どうも、自分が気付くべき事がおぼろげに見えてきた。
そのキーワードは「支配・コントロール」
どうも、自分の中にこの事について、きちんと向かい合わないといけないようだ。
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| まだ何かある? |
月曜日、昼前に講師からの電話。
もしもし?
あの、相談があるんですが・・・ もう、訳が分からなくて・・・
ん〜、聞いているこちらの方が訳が分からない・・・ とりあえず、ややこしそうなので、昼過ぎに教室で話をしようと言う事にした。
電話を切って一体何の話だろう?と考えていると、もしかして?見たいな感じでいろいろ妄想が広がる。 こういうときの妄想は自分にとって最悪の展開になること。
ま、まさか講師をやめるとか言い出すんじゃ・・・
冷静になって考える。 いやいや、そう言う流れではなかったな。
もう、妄想はよそう。 実際の話のときまで、その事は横に置いておく。
約束の時間に教室に行った。 講師はやってくるなり、話し出した。
内容はプライベートな事でどうして良いか分からない事があるらしい。 なんでも最近付き合い始めた彼女が家庭でDV(家庭内暴力)に合っているらしく、自分に何が出来るのか、と言うような内容だった。
とりあえず話を整理しながら、出来うる事を一緒に探った。
家庭内での問題なので、なかなか外の人間は入り込めない。
まあ、もう成人しているなら入り込むのではなく、飛び出してしまうと言う手もあるが、その場合にはきちんと受け皿が無ければいけない。
彼にその受け皿になる覚悟と甲斐性があるかどうかの問題になる。 それが無ければ、なかなか深入りも出来ない。
長い眼でどうして行くのか、今すぐではどんな事が出来そうなのか、ある程度の結論が出たようで、最初の焦燥感はなくなっていた。
しかし、2週間ほど前にも別の講師から、その友人の人が彼氏から受けている暴力についての相談を受けていたな。
昨日の事と言い、似たような事が繰り返しやってくる。
まだ、何か気付いていない事があるのか? じっくりと観察していこう。
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| それあり? |
日曜日、家族で京都のシェーキーズにピザを食べに行った。 これでも現在のうちにとってはかなりの贅沢だ。
この日は電車なので、京阪御殿山駅まで歩いて行く。 改札まで後50メートルくらいのところで、歩道とホームがフェンスだけで隔てられているだけのところがある。 そこに差し掛かると、中学生くらいの二人組がフェンスを乗り越えてホームに入っていったではないか。
嫁と顔を見合わせて、そんなんありか〜? 私一人なら注意もするだろうけど、家族もいるし、相手も地元の人間そうだし、後日何かあってもかなわないので放置。 とりあえず、改札で駅員に言っておこうと思ったけど、そう言うときに限っていない。 しょうがない。
丹波橋で特急に乗り換える。 並んで待っていると、私たちが乗り込む前に、一人の女性が割り込んできた。 それありか〜? 思わず声が出た。
相手は電車に乗り込むと、ばつ悪そうに他の車両に移っていった。
う〜ん、同じような事が繰り返されるな・・・。
そう思っていると、ふと気が付くことがあった。 そう言えば、最近将来の事で軸がぶれているように見える奴によく遭遇する。
今年に入って3人だ。 他にもいるだろうけど、眼中に入っていないのだろう。
この3人と言うのは、私が自分の主観・自分の意見を押し付けようとした数。
自分なりに良かれと思って、助言のつもりで言っているのだが、どうも違う。 何が違うかと言うと、言いながら若干の苛立ちを覚える自分がいるのだ。
そして、意見を言った後に、頭の中でその後の相手の対応をぐるぐる考えては、その答えをしている自分がいる。 ある意味病気だな。
そんな不毛な事をしている自分に気付いた。 そして、幻想と戯れている自分がいると、自覚するように気をつけていた。
自覚をすれば、それ以上の妄想はおさまる。
どうも、自分自身の対人関係の軸がぶれていたようだ。
ある事例について、どの様な選択肢があり、それぞれがどの様な可能性を持っているのかについてを自分なりに分析をして話をするのは、価値観の押し付けにはならない。
そして、それらの話を採用するかしないかは、相手の自分に対する信用次第だ。
でも、相手の人生、私が求められてもいないのに、自分の主観を押し付ける必要などどこにも無い。その権利も無い。
どこまで言っても相手の人生。
相手の人が自分の責任で浮いたり沈んだりすれば良い。 それは、失敗が予想できて黙っていたとしても、私の責任ではない。
どうせ人は自分で体験しなければ納得できないのだから。
どうも知らないうちに、私は人の人生に土足で踏み入って求められもしないおせっかいをしていたようだ。
3人に対して、同じような事をして、さらに目の前で気分の悪い事を2度起こされて、やっとそれに気付いた。
教訓:求められてもいないのに、自分の主観を押し付けるようなおせっかいは止めよう。 自分も気分が悪いし、相手も気分が悪い。
対策:人は全て自己責任で幸せも不幸せも選択するから、その邪魔をしてはいけないことを理解する。中には失敗こそが生きがいと言う変わり者もいる。
BUT 助けを求められたなら、出来る事を全力でさせていただく。 何故なら、求められた事は人事ではなく、自分の事だから。
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| それ違うでしょう? |
現在、大学の後期試験の季節。
うちの講師たちもテスト勉強をしている。
で、何故か授業後、私が彼らに大学の一般教養の数学の勉強を教えている。 大学の授業と言っても、高校の微分積分の範囲と関数に関する領域だ。
一人の講師は、少し前にその授業の教授が説明らしい説明もなしにどんどん問題を解いて行くのに文句を言っていた。
高校で習っていない生徒もいるのに、そんなん授業じゃないと・・・
いや、それは違う。 大学は高校や中学とは違うのだよ。 自分で学べば分かる範囲は自分で学んだ上で授業に臨むのが学生の義務。 授業で習っていないからわからないと言うのは自分の怠慢なんだよといさめた。
その後、その講師はうちの指導の後に、教室で分からないところを自習をするようになった。 当然、分からないことだらけなので、私がその勉強に付き合うことになる。
そして、最近もう一人同じ授業を取っている講師が入ってきた。 その講師が、今日質問に来て、ぼそりといった。
こんなんやったら、とらなければ良かった・・・
いやそれは違うでしょう? こんな教科でも、やって良かった。いろいろ分かるようになったし。 少なくとも少しは頑張ってやりぬけて良かった。
そう言うふうに言える様にならないと、負け癖が付くよ。
面倒だったりしんどいから、やらないほうが良かったと言う思考が当たり前になれば、しんどいことを当然のように回避をする人生を送ることになる。 でも、それを乗り越えようとする思考、少なくとも、やりきった後にやり切れてよかったと思える思考があれば、少しずつ能力は開発されていく。 そして、逃げ回るような人生ではなく、向かって行く人生を送れるようになる。
特にその講師が塾や教員に興味が在ると言っていたので、あえて厳しく言った。
そんな姿勢の人に教えられる子供はかわいそうだよ。
教師は科目を教えるのが仕事なのではなく、行き方の手本を示すのが仕事。 だから、子供には胸を張った生き方を教えて欲しい。
嫌なことから逃げる人生態度を教えられたこともは、プライドを持って生きられるようになるのだろうか?
嫌でもあえてする。 無駄でもあえてする。
自分の小さな世界の中で出来ることだけをするのでは、生きているとは言えない。
ほんの少しずつでも、逃げずにやって行く。 そんな手本になって欲しい。
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| レイキ被害者? |
先日問い合わせがあった方の施術が朝からあった。
整体目的と言うよりも、レイキヒーラーとしての私にSOSのようだった。
どう言うことかと言うと、元々家族関係を改善する目的でピプノセラピーを受けに行ったところ、そのセラピストがレイキヒーラーであったために、ピプノセラピーと平行してレイキヒーリングも受けたところ、知覚情報が過度になってしまい、正常な日常生活に支障が出始めたとのこと。 その後、そのセラピストは着信拒否をして、相談に応えてくれなくなったために、別のレイキヒーラーにどうにかして欲しいとすがったところ、霊媒師まがいのその人に更に異常な現象に悩まされるようになってしまったとのこと。
現在は安定剤を飲んだりして治まっているらしいが、一人でいるとまた同じことが起こりそうで非常に不安らしい。
そらそうだろう。 今まで全くそう言うものについて、考えたことも無い人間が、ある日突然本来見えないものが見えたり、感じたりするようになるのだから、気がおかしくなったんじゃないかと思うのが普通だ。
それにしても、この二人のレイキヒーラーは本当にレイキヒーラーなのだろうか? レイキをしているつもりで全然違うことをしているではないか。
最初の状態は、本人が受け入れる準備が出来ていない状態で、無理やりチャクラを開いたための結果だろう。 本来のレイキでは、本人がついていけないような変化はない。 これはレイキと言いながら、自己流のエネルギー操作をしてしまった結果だ。 恐らくはセラピスト自身、その自覚が無いかもしれないが・・・。
パワーパワー、結果、結果と言っているとこういう悲劇を生んでしまう。
精神的な受け皿が無いままに、クンダリニーの上昇を起こすと精神的に崩壊してしまう。 それは、常人では受け入れられない情報を知覚してしまうからだ。
生まれつきの盲目の人間が、いきなり視覚を持つと一時的に混乱してしまう。 それのひどい状態になってしまうために下手をすると元に戻れなくなる。
しかし、生半端な知識と覚悟で精神世界に片足突っ込んでいる人間の中に、それに憧れている人間が多々存在する。 そして、中途半端にチャクラを開いたのを勘違いして、自分はもうすぐ覚醒してすごい存在になると妄想に浸るやからも多い。 中には、神になったり、神に選ばれたと思い込んでいる社会脱落者もいる。
今回の方はまだ、正常な感覚を残していたから、自分がおかしくなったのだと自覚できたので助かった。
そして二人目のレイキヒーラーと言うか霊媒師。 これもたちが悪い。
霊媒師の場合は、レイキと言いながら憑き物を使役したり、または、憑き物に自分が操られてヒーリングまがいのことをしている可能性がある。
今回であれば、霊媒師に憑いていた存在が、その仲間をお客様にとり憑かせようとしたのだろう。 だから、状態が余計にひどくなった。 本当にレイキならそんなこと起こらない。
このお客様はこの後、自称霊能者の人にいろいろなもの(霊)を背負っているようなことを言われたらしい。
そして、私のところまでこられたということ。
ただし、私は霊能者でもなく、特殊な視覚能力者でもないので、何も見えないし、聞こえない。 それでも、その方に起こったかもしれないことくらいは分かる。 そして、それなりの対処もする。 と言うか、やらなければならんでしょう。
まがい物であれ、同じレイキヒーラーの不始末なんだから。 ただし、私はそう言う人のように相手に強烈に何かを感じさせたり、変化を起こさせたりなどと言うことはしないし、できない。 する必要も無いのでできるようになりたくも無い。
私なりに、お客様に起こったことを解説し、どうして行けば良いのかを説明し、今回の施術で何をするのかを説明した。
施術は基本手技の間にレイキをいれる。 基本的には過剰になった気の流れを整えれば良いのだ。 そして、今までの過剰な情報で披露した箇所、特に脳を休めるようにすれば大丈夫。
途中、気の流れを感じようとする。 当然いきているのだから、普通に全身流れいるんだけど、胴体と四肢の差が激しい。 背骨に沿って、チャクラを活性化して作られた流れが閉じ込められて頭に流れ込んでいる。 本来出て行かないといけない分までぐるぐるめぐってしまっている感じ。
とにかく、冷え切っている四肢の末端までもう少し温かくなるようにして、そして、何よりも地に脚がつくようにしないと。
そうしないと、また状況が悪化して精神的に不安定になるだろう。
施術終了後。 「何もこれと言って感じなかったでしょう?」
「はい。」 笑顔で返事。
それで良いのだ。 エネルギー過剰な状態だったのをきちんと放出して、正常に近づけるきっかけを作っただけだから。
そして、今後の注意点を説明して終了。
次の施術については、何度かした方が良いとは思うけど、あえて言わない。 本人が必要と思えばすれば良いとだけ伝えた。
「出張でもお願いは出来るのですか?」 と聞いているところを見ると、それなりに何か思うことがあったのかもしれない。
それにしても、たいがいなヒーラー達だ。 しかし、そう言うヒーラーと出会うのも、必然なのだろう。
都合の悪い結果が出たから逃げるヒーラーや、おかしなものを背負わせるヒーラーなど言語道断。
それでも、ちゃんと意味があるから存在もするし、そこに掛かる人もいる。
今回の方も、怪我の功名で一連の出来事の中で離婚直前の夫婦仲が元の鞘に納まったと言う。 だとすれば、彼らの存在も無駄ではなかったと言うことだから、一場面だけを取り出して、お客様を被害者とも言いきれない。
そう言う流れで学びが促されたと言うしかない。
そして、その尻拭いで私のところまでたどり着いた。 今までの流れで分からなかったことを整理して、一件落着と言うことなのかもしれない。
あれが良くて、あれが悪い、みたいにいろいろ言っては見るが、どれもあるままで良いのかもしれない。 でも、改善を求めてあれこれ言うことも、またありだとも思う。 そうやって変化をするものがあると、そこに別のものが変化して入り込む。
物事は固定されて変化が無いのではなく、一見変化がないようでもそれぞれのパーツが入れ替わりしていなければいけない。
それがなくなったとき、そのものは死んでしまう。腐ってしまうのだ。 だから、私はこれからもヒーラーらしからぬくらいにあれこれ文句を言う。 ああしろ、こうしろとやかましく言う。
そして、何も変らないかもしれない社会の一部だけでも引っ掻き回す。 そうしなければ、癒しもへったくれも無い世の中になってしまうのだ。
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| ある占いソフトによると・・・ |
私は占いは当てにしないが、大好きだ。
何と言っても今までどんぴしゃで当たったと言う経験が無い。
でも、未来についてあれこれ書いているのを見ると、それが良いことならやっぱりあれこれ夢想しては一人でニヤニヤして何となく幸せになる。 そして、間違いなく油断をし始める。 悪いことが書いていれば、その悪いことが起こった時に慌てふためいて無様な姿をさらさないようにと、覚悟を決めてその時が来るのを楽しみに待つ。 何しろ私の美学では、窮地に平然としている人間が一番かっこ良いと定義されているのだ。
経済的な成功者になって、贅沢な暮らしや偉そうな話をしていても全然かっこ良くない。
だから、占いにそうでたからといって、悪いことを避けようなどとは一切しない。
多分、そんなんだから貧乏なままなんだろうね。
で、今日掃除をしていると、ある書籍についていた占いソフトで自分の85歳までの運勢を占った結果が出てきた。
そのソフトは四柱推命をベースにしているものなので、それほど物珍しいものでもない。
それをぱらぱら見ていると、私の運勢は人生の前半はあまり良くない。 特に今年は一昨年と並んで人生の底ともいえるくらいに悪いらしい。 しかし、そこから先は徐々に上がって行き、75歳ごろには運勢はグラフを振り切るくらいに上がってしまうのだ。
そうか、そんなものなのか。 でも、私は結構今が幸せだったりする。 これ以上幸せにでもなるというのだろうか? う〜ん、想像できないな。
まあ、良いや、占いが当たったと言う記憶など無い。 大外れしたというのもそう無いけど・・・。
で、このソフトがどれくらいに当たっているんだろうと思って、過去の運勢についても見てみた。
すると、独立してからの仕事の業績の推移とほぼ一致したグラフになっている。 ほう、過去については当たっているんだね。
と言うことは、占いを意識しないで、普通に生活しているならば、やはりある一定の波が人それぞれ決まっているんだろう。
ただ、その波を事前に知ってしまうと、知らず知らずに普通でない生活をしてしまうためにその波に乗れなくなるんだろう。
ならば、今年一年占いのことなど忘れて、何とか乗り切ってみよう。 そして、その後も自分のペースで生きて行くなら思うままの人生だな。
親子5人。 年収300万を切りながら、毎日笑顔で朝を迎え、一日を終える。 ちょっとだけ、将来には不安要素はあるけど、特に何の不自由も無い。 精神の自由は誰にも邪魔されない。
こんなに恵まれているのに、後は何を望むのか? よく分からないけど、運勢は上がるらしい。
そんな運勢の暗示が、精神の足かせにならなければと思うだけだ。
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| あの時、死ぬかと思ったな・・・ |
最近、子供が地震のことをよく聞いて来るので、どうしたのかと思っていたら、今朝の新聞を見て納得した。
ああ、そんなことも在ったな。
あの日、私はまだ、前の奥さんと今の家の近くのぼろアパートで暮らしていました。 一回目の揺れで目が覚めて、しばらくすると二度目の大きな揺れがやってきた。
建物が揺れると言う感じではない。 根こそぎ地球が振り回されたような揺れが永遠に続くかのように思えるほどに続いた。
隣の部屋の本棚の本は全て落ち、照明はちぎれんばかりに振り回されていた。 床も音を上げ、波打つような感じがした。
これが続けば死ぬんだろうなと思いながら、前の奥さんに覆いかぶさっていた。 揺れが収まり、とにかく外に出た。 当時の部屋は二階で、下に下りるにはぼろぼろにさび付いた階段があるだけだ。 次に同じ揺れが来たら落ちてしまうかもしれない・・・。
外に出て、すぐ近くにある実家に向かった。
その日私は、転職活動で面接の予定が入っていた。 場所は大阪の中津。 とりあえず電話で確認すると、面接はするらしいので、電車で淀屋橋まで行った。 淀屋橋から中津まで歩くと、ビルの壁が落ちていたり、窓が割れていたり、事務所の中がひっくり返っているところがあったり、面接の会社に着くまでにまともに仕事をしているオフィスなど殆ど無かった。 その会社も面接の部屋以外はひっくり返っているようだった。
その半年後、神戸に仕事に行く用事があった。 空き地があちこちにあり、ブルーシートのかぶっている屋根ばかり。 仕事の話よりも、地震のときの話の方が長かった。
その後、神戸に行くたびに町は変っていくように見えた。
枚方にいた私ですら、死ぬことを意識したのだから、神戸の人たちはその時どのようなことを思っていたのだろう。
幸か不幸か、長男に対して私はデータ的な話は出来ても、本当の地震について伝えられるものは無い。
いつ来るのか予想もできない。 準備をしていても、十分過ぎることはありえない。 どれだけ正しく生きていても、被害を受けるときは受けることになる。 その被害をどれだけ嘆こうとも、誰のせいとも言えない。
その様なものに遭遇した時、私はどのように思うのだろう。 そう言うときにも平然と受け入れていけるようになるために、世の理について学んでいる。
しかし、その時私は私自身でいられるのだろうか?
それは、物理的なものだけではなく、精神までも破壊してしまうほどのエネルギーを持っているのかもしれない。
それを子供に伝えるだけの方法を、今の私には無い。
ただただ、出来ることを考え、悲しみが不必要に広がらないように祈る。
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| 今日も久々のことあり |
今週は整体の予約が入っていなかったので、午前中は結構のんびり過ごしています。 こういうときはBOOK OFFへGO!
現在長男がリクガメを飼育しているので、リクガメの飼育についての本をGET! そして、その近くに高機能自閉症の妻を持つ人の書いた本を発見。
ぱらぱら見ていると、その妻の感性に共感を異常なほどに覚える。 長男が自閉症スペクトルに位置することを理解して以来、そちらの方の情報を少し集めている過程で自分もまたそうであろうことを感じていたが、ここまで共鳴するのはやはり間違いが無いのだろう。 しかし、わざわざ診断を受けに行ったら仕事も含めいろいろ厄介なことになるんだろうね。
その本も購入して、家に帰って嫁に渡した。
昼食を食べていると、携帯電話が鳴った。 整体の常連さんからだ。
「もしもし、助けてください・・・」
おやおや、どうしたのかと聞いてみると、年始のご挨拶に来るお茶の生徒さんの接待などで疲れて体が言うことと利かないとか・・・。 とりあえず、3時からのご予約を頂くこととなった。
そして、その5分後にまた携帯が鳴る。 今度は見知らぬ電話番号。 新規の整体のお客さん。
「これからいけますか?」
時間は1時半、急いで教室に入って準備したら2時からなら始められるな・・・。 でも、そうなると、私にしてはかなり駆け足で施術をしないといけない。 また、今すぐばたばた教室に行って準備していたら、落ち着いてお客様を迎えることは出来ない・・・。
そう言う判断から、次の日の2時から3時半の間での施術なら可能だと返事をした。 すると、微妙に時間が合わないらしく、またの機会にと言うことに・・・
ん〜、残念。今週は2件もお断りすることになってしまった・・・。 しかし、当日いきなりの申し込みと言うのは受け入れにくいな。 朝起きた時に施術の予定が決まっていれば、かっきり一時間ずつで5人くらい続いても余裕を持ってこなした上で、夕方の授業にもすんなり入っていけるけど、予定が当日に入ってくる場合は、午前、午後一人ずつ、または午後2人くらいが無難だな。 でも、昼の一人目の施術が2時過ぎからでないと、塾の授業準備に影響があるかもしれない。 ちょっと考えないといけない。
3時に、予約のお客様。 あらら、かなりお疲れのようで体がくの字になって前に倒れそう・・・。 そう言うことで、前面の必要なところが十分に伸びるようにさせていただきました。
終わると4時過ぎ。 この日は4時45分から授業。
授業をしていると、木曜日が最初の授業となる新人講師が授業の見学にやってきた。 かなり緊張しているんだね。
でも、テレビモニターで保護者に見られての授業をすることに比べたら個別の指導などへのカッパだよ〜。
とりあえず、見ていてもらうが指導中には話は出来ないので、授業後にまとめて説明する旨を伝えた。
今日は7時45分で授業は終了。 授業が終わって、一人の生徒に図書券を渡す。 これは何と2年ぶりのこと。 お友達紹介キャンペーンをして、お友達が入ってきてくれたので薄謝を渡した。 これには生徒の間でも賛否両論あるのだけど、やはり感謝の気持ちは伝えておきたい。
生徒が帰って、新人講師に説明と思っていたのだけど、急遽本格的な講師研修を行うことに・・・ といっても、資料の準備も無いので、思いつくことをあれこれ言って行くだけ。 講師研修は3年ぶりだから、当時何を言っていたのか思い出せないな。
とりあえず、勤務についての約束事、授業記録の書き方、教材の説明、指導の進め方、家庭教師や集団塾講師との違いについて説明。 昔はもっといろいろ話していたようなきがするけど、今すぐ必要なことでもない。 思い出したらその都度話そう。
終わろうとしていたら、新人講師が整体の部屋を見て、自分の脊椎湾曲症についての質問をしてきた。
ん〜、それを言われちゃ整体師としては黙っていられない。 さらに一時間掛かることと、状況が状況なので施術に体に触れることになることを了承してもらい、セクハラではないと言う認識を持ってもらうように確認をとって、状況が改善されるだろうかを調べてみた。
今までにいろいろな治療院を回っていたらしいので、それらとの腕比べ? いや、そんな意識ではよくなるものもならない。 無心で接する。
姿勢などから、施術の方向性として出来うることを説明して、通常の施術の6割程度の内容のことをする。 バランスチェックでは改善は出来そうだと出ている。
立ってもらうと、若干の姿勢の変化はあるけど、かなり時間も掛かるかな? まあ、うちの講師を続けてくれる限りは指導の後の時間なら無料で施術をするのありかなと思ってそう伝えた。
まともに料金をもらえば、2コマ指導しても足りないわけだしね。 それくらい講師にサービスしてでも、塾の方が上手く行くなら安いものだ。
後はそれに見合うだけの働きをしてくれるかどうか。 明日が上手く行くかどうかは、もしかすると本人よりも私の方がどきどきしているのかもしれない・・・。
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| 久しぶりに施術記録 |
月曜日は祝日だけど、うちは普通に仕事の日。
久しぶりに施術記録でも書いておこうと思うけど、別に施術が久しぶりなのではありませんので、ご安心下さい。 昨年の後半ごろから少しずつ施術の依頼が増えてきたら逆に書くのが面倒になってきました。 でも、お説教話ばかりじゃ、整体師のブログじゃなくなりますからね〜。
で、この日のお客様は、11月に国外から帰国されている間に施術に来られた方のお母様のお友達の方。 最初のお客様は、外国に戻られ、今はお母様がごひいきさんになってくださっているのですが、そのお母様が是非是非と連れてきてくださった。
でも、特に今すぐどうにかしないといけない不調箇所は特に無いらしい。 ただ、少し前にアキレス腱を切っており、今もリハビリの最中。 それ以外にも聞いていると、アキレス腱を切る少し前には逆の脚の肉離れを起こしていた。 そして、昔から右足の方が長く、ズボンのすそを1センチ長くしてすそ上げをしていたとの事。
と言うことは、肩凝りも当然あるわけね? 聞くとその通り。
立ち姿勢で状態を見ると、骨盤が右上がり。 それを補正するかのように背骨は右に曲がり、それが過ぎて右肩下がり。 後ろから見る姿は、腰の上に左にずれた平行四辺形がのっかかっているような感じに見える。
検査を受けて、別に足の骨の長さに異常があるといわれたことは無いとのことで、じゃあ、後考えられるのは、股関節の異常?ちょっと外れかかっているのかな? 右の臀部に強い張りもあるらしいし・・・
ただし、私が診断をすると違法行為なので、あまりややこしいことは言わず、状態をチェックしながら施術を進めます。
仰向けで膝を立ててもらうと、膝の高さが明らかに違います。前後にもずれがあります。 ちょっと試しに腰椎のねじれを解消する手技をいれると、高さが少しそろいます。 左右の膝頭を前後にごちょごちょしていると前後のずれも少し解消。
と言うことで90パーセント股関節に問題ありと目星を付けました。 更に、施術を進めると、右脚の張りが左に比べて強いこと、右股関節が極端に横に広がらないことなどからどんどんそれを裏付けるようなことが出てきます。
一度ではなかなか変化は無いでしょうけど、とにかく、この右側の緊張を抜けるだけ抜いて、股関節の状態をリセットしよう。 そして、骨盤の状態も改善方向のベクトルを体に教えて、一時的な効果としては背中の左右の緊張のバランスを戻しましょう。
やることは殆ど普段どおりの内容。 特別なものは何もありません。 ただ、意識を向ける場所を、人によって違うだけ。
症状によってさまざまな手技を使うといっても、私の場合セッションの内容の9割は同じです。 残りの一割が、訴えている箇所が基本手技だけでは少し物足りないと思うときにプラスするもので、それ以外は準備で筋肉に圧力を加えて筋肉を目覚ませること、意識の向け方、回数、強度などで基本手技の範疇でカバーできるのです。
この方の場合も肩凝りについて基本手技以外の手技を入れますが、骨盤より下については基本のみで十分と判断。
最初に骨盤修正。
右足に念入りにアプローチをかけていると、その時点で、右足に何かが流れる感覚が出てきて軽くなったというご感想。
よし、これで今日の施術は満足する結果に終わること間違いなし!
右の臀部周りにもよく刺激を入れて、緩みやすくしておきます。 ただ、緩めっぱなしだといけないので、後で適切な緊張に戻しますけどね。
基本手技を進めます。 背中の筋肉をゆらゆらさせながら、バランスをとって行くイメージ。
お客様は眠りに落ちました・・・
股関節をリセットするようにしてから、首より上にアプローチ。 後は肩凝りの一時的軽減です。
そして、腕、特に肘から手首の辺りをさすります。 最近のお客様には最後の仕上げに、これと腕の付け根辺りの筋肉を刺激して胸を開きやするするのが、私の流行です。
腕への刺激は、お客様にも意外な発見があります。 それは、自分が思っているよりも腕が疲れていることに皆さん気付くのです。
これ、自分でいくらさすっても難しいのですが、完全に相手にお任せでさすってもらうと、すーっと疲れが抜けているらしいのです。
実はこれ、少し前の献血マニアなら知っているかもしれません。 15年位前の大阪の京橋の献血センターの看護婦さんは針を刺した後、必ずといって良いくらいに、腕を30秒ほどさすってくれたのです。
私はきれいな看護士さんにこれをしてもらうのが楽しみで?、2週間ごとに献血に行っていたのですが、本当に何ともいえない安心感に包まれて、腕の緊張が抜けるのが分かります。
看護士さんからしたら、注射嫌いで腕をがちがちに緊張させていると採血が進まないから、緊張を抜きたかっただけかもしれません。
ところがここ3,4年枚方の献血センターに呼び出されてはいきますが、そう言うことをされた記憶があまりありません。 中年親父にはしたくないのか、下手に優しいそぶりをすると勘違いするおかしな若者でもいるからなのかは定かではありません。
とにかく、ふと思い出して施術の最後にやってみると、皆さんそのことを最初にご感想で言うようになりました。
さて、施術が全部終わり立ってもらいます。 立った時の第一声は、「うわぁ〜、透き通ってものが見える!」。
別に透視ができるようになった訳ではありません。 それくらいに空間が澄んでいるように感じるのですね。
そして、背中を見ます。 骨盤はまだ右側が上がっています はい、右肩も上がっています。つまり先ほどとは逆になりました。 つまり、背中の筋肉の緊張バランスが取れてきました。
骨盤への修正は余熱効果で徐々に進みますから、これで問題ありません。 肩凝りの頻度は改善されるだろうと言うことを説明して、少し歩き方の説明などをして終了。
少し遠いところからのお客様なので、頻繁にご来院は無理でしょうから、これからは如何に怪我をしたところに負担をかけないかと言う観点で、流行のナンバ歩きの本を紹介しましたら、早速本屋で買って帰るとのことでした。
これは、本屋も副業ですると商売になるかな? (どう考えても割に合わんな・・・)
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| 老いる声 |
土曜日、とてもとてもとても久しぶりに、家族とカラオケに行った。
別にストレス解消とかそう言うものではない。
多分ストレス解消目的で、カラオケに行ったり、おいしいものを食べに行ったりなど、遊びに行けば逆にストレスを感じてしまうでしょう・・・。
根っからの貧乏性の私には、お金をかけてストレス解消と言うのが在り得ないのだ。
せっかく稼いだお金をその様な消極的な使い方をするなんて・・・。 お金は純粋にその対象を楽しむために使うものだ!
まあ元々ストレス解消で何かをすると言うことなど無いのだけどね・・・
と言うことで、純粋に歌いに行きました、ラウンド・ワン。 受け付けで、カラオケの種類を聞かれる。
よく分からないので、とりあえず子供の歌の多いものは?と聞くとあまり変らないと言う。 それで無難なものにしてもらう。
部屋に案内されると歌の冊子が無い。 テーブルの上にリモコン端末が二つあるだけ。
う〜ん、何だかやりにくいな。
私の歌のレパートリーは20年前から殆ど変わっていない。 そして、その数少ないレパートリーもカラオケに行かないうちにだんだんと減ってきた。 曲が思い出せないのだ・・・
それでいつも、ぱらぱらと冊子を眺めながら歌えそうな歌を探している。
とりあえず、よく歌うのは「さだまさし」。 しかし、子供もいるし、さだまさしばかりだとみんな暇するだろうから、30分に一曲くらいにしておこう。
そこで、子供の歌を中心に入れる。 子供たちが熱唱するのは、特捜戦隊デカレンジャー4年前、日曜日にしていた戦隊ものだ。 それ以降の戦隊ものと仮面ライダー。 みんなの歌なども知っているもの多いな。
夜にしているアニメの主題歌は普通に大人が歌うような歌だったりして、嫁が歌っていた。 子供も知っているから頑張っている。
そして、私はさだまさし。
しかし、何だかすごく下手になっている。 音程が定まらない。
声の出し方が分からない。
歌っているとだんだん安定してきたような気がする。 でも、声は出ない。 声量が全然無いから、歌っていても乗り切れない感じ。
普段、大きな声を出すと言えば子供を叱る時くらいだからな〜。
毎日使っている筋肉はこの歳でもある程度は発達する。 でも、使わない筋肉は衰えていく。
この調子だと、あと5年もすればカラオケに行っても歌える歌がなくなるな・・・。
まあ、良いか。 一人で仕事しているんだし、誰とカラオケに行くということも無いだろう。 カラオケ行くような友達付き合いも殆どないしね。
普段は古本屋と図書館でのんびりしているのが一番。
PS カラオケとは関係ないけど、整体のHPのミクロマンはしばらく継続することに決定! 日曜日にHPを見ての整体の依頼の電話がありました。あいにく家族との予定があったので泣く泣く、お断りすることになりましたが、あの映像が集客の邪魔にならないことが判明。 まだ見ていない人は ここをクリック!
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| 虫の知らせ? |
朝、町内会の会計監査のフォームを清書して、もう一人の方の家に持っていこうとしたら、家がどこだったから分からなくなった。
2ヶ月ほど前にどこかで表札を見ていたので、知っているつもりになっていたのだけど、いくら探しても見つからない。
バイクで探していたのだけど、急にバイクのタイヤの空気が抜けて走れなくなった。 すると、前から探していた家の人が歩いてくるではないか!
ちょうど良い。 今渡しておこう!
バイクを家に止めて、自転車でコンビニにマンガの立ち読みに行った。 何となく、パンが食べたくなったので、2つほど買って帰ると、電話が鳴った。 「(三男の)幼児サークルの人と昼ごはん食べて帰るから、適当に食べといて。」
はい、パンを買ってきたのでそれを食べときます。
今日の施術の予約は3時から。 家でゆっくりと昼のドラマを見ていた。 でも、何やら早く行かないといけない気がしたので、一時半に教室に向かう。
すると、留守番電話に、今日のお客様からの伝言。
「今日の施術を2時過ぎからにしてもらえませんか?」
はいはい、いいですよ〜。
なるほどね、ちゃんと訳があって早く来ないといけないと感じたのね。
流れに沿っていると気ってこんなものかな? 決して欲を出すことなく、トラブルにも慌てることなく、淡々と事が過ぎて行く。
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| 考えろっ! |
「考える」と「思う」は違う。 「考える」事には根拠があって筋が通っている。 「思う」事は頭に何かが思い浮かぶだけのこと。そこには整合性のチェックはない。
勉強をするなら、考えろ!単に思ったこと書いているだけでは、いつまで経っても正解にたどり着くための思考は身に付かない。
正解を見て何故それが正解なのか?考えろ! 自分が書いた答えを見て、答え合わせの前に、それが正解ならば何故正解なのかを自分の中で説明しろ。
それをせずに妄想からでた答えを書いていても、何も得ることは出来ない。 勉強は当て物ではないのだから。
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| よろしければ見てご感想下さい。(フラッシュ画像新作) |
長らく整体のサイトを更新していませんでした。 殆どのことはこのブログで書いてしまうので、更新するネタがありません。
まあ、整体仲間の方々や既に当整体院をご利用くださっている方にとっては何度も訪問する必要もないものだと思うので、あえてここで整体サイトの更新のお知らせをした次第です。
特に新しい情報はないのですが、ちょっと頑張ってフラッシュ画像を作ってみましたので、見せびらかしたくなったりしました。
URLは http:sowaka358.hp.infoseek.co.jp/ になります。
よろしくお願いします〜
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| 久しぶりの・・・ |
週末に嫁の実家に子供たちを連れて、新年の挨拶と言うかお年玉の回収へ。
その前に奈良にあるトイザラスに立ち寄りました。 お年玉をもらったらおもちゃやさんに行くのは、私が子供のころからの恒例行事。 何故か私のほうがわくわく。
トイザラスに行くのは久しぶりです。 初めて行ったときの印象は、とにかくでかい。 そして、外国製の輸入物がやたらに安い。 でも、国産のものはちょっとだけ安い? 品揃えについても外国のよく分からないものがかなりあって、日本のキャラクターなどは他のちょっと大きなおもちゃ屋さんとそれほど変らないと言う感じでした。
そして、久しぶりに行って思ったこと。 ちょっと品揃えが減った? 以前は大量のディスプレーに圧倒されると言う感じがしたのに、何だか棚もすかすかな感じ。
なんでだろ? 中国製のおもちゃをどけたからかな?
それでも、やっぱりおもちゃ屋さんは何だか嬉しい気持ちになります。 何か掘り出し物は無いものかとあちこちの棚を見て回りました。
すると発見。 懐かしのミクロマン。 全身の関節が動き、自由にポーズが取れる優れもの。
ただ、子供のころは可動部分が簡単に取れるので、すぐに遊ぶのを止めてしまったのですが、この歳になると、それなりに使い道もあります。
3体を購入決定!
それから、輸入物のサッカーゲームを子供たちとお金を出し合って購入。 ボード上の人形を横から出ている棒を出し入れして操作する奴です。 子供のころにこれのホッケーゲームを良くやりました。 結構白熱します。 テレビゲームでもサッカーゲームはありますが、あれは幼稚園児や低学年生には少しややこしいです。 それに何よりうちではテレビゲームや携帯ゲームは人間のするものではないとしていますので、する機会は先ずありません。
なので、必然的に私が子供のころに熱中していたものを一緒にしながら楽しさを教えて行くことになります。
何だか私ばかりが喜んで選んでいるようですが、次男はポケモンの人形、三男は大きめの恐竜の人形を購入。 長男は特に欲しいものは無かったようですが、後にばあちゃんの家で私のミクロマンを見て、これが欲しかったと泣き出す始末。。。本当は大きな恐竜のリモコンが欲しかったらしいのですが、ちょっと高くて諦めたそうです。
歳を経るごとに子供たちも選ぶおもちゃの傾向が変ってきます。 そんな所からも成長が分かります。
来年はどんなものを選ぶのでしょうね。
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| 仕事始め |
例年の事ながら1月4日は仕事始め。 三が日が済み、すぐに通常業務です。
いつもは夕方までゆっくりして授業だけすると言う感じなのですが、今年は年末に経理の締めをしていなかったので、それを授業までにしておかないといけません。 夕方には入会面談もあるし、メルマガの今月号も書いて、町内会の会計監査のフォームを清書したりと何やら仕事を溜め込んでいたので、朝からばたばた・・・。
通帳記入に行くと通帳が使えないと出てくるので、隣の駅の支店まで行く羽目に・・・。 そういえば、秋からこの通帳おかしかったんだな。
通帳記入を終わらせて家に帰ると、会計ソフトに未入力の売り上げや支出を入力。 後は確定申告のための処理をするだけ。
今年は売り上げが少ないから良いけど、2,3年前は結構大変でした。
昼に教室に入ると、授業の準備を済ませて、町内会の資料に、メルマガの文章書き。 終わると、もう面談の時間です。
新年早々の入会は受験まで2ヶ月だけの生徒ですが、それでも幸先良いスタート。
面談が終わると、30分ほど時間があったので、ゆったりと読書です。
そして、今年最初の授業。 三が日明けなので、ちゃんと来るかな〜と思っていたら、みんなちゃんと来ました。よしよし。 最初のコマは無難にこなせたのですが、次のコマが問題。
その授業の生徒の一人が従兄弟をつれてやってきました。 聞いてみると、今月から受講するからと言うこと。 しかし、聞いてないから準備も無いぞ〜。
そこから、歯車が狂い出してしまいました。 一応それなりに指導はしているものの、どうもテンポがしっくり来ない・・・。 一応生徒は納得しているようだけど、何か足りない。
そう、指示する問題の選定がどうしても詰めが甘いのです。 だから、伝えたいことをきちんとカバーできない。
それが心のもやもやに繋がっている・・・。
やっぱり、個別指導は奥が深い。 個別だから集団よりも簡単だと思っている講師希望者が多いのだが、極めるとすれば個別指導のほうが難しいと思う。
なにしろ目の前の生徒に何を伝えたいのかを考えて、それにぴったりの問題を選んで行かないと行けないのだから。
新年早々、自分の仕事がどう言うものかをしみじみ味わった一日でした。
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| 凧揚げ |
元旦は、昼過ぎまでテレビを見ながら呆けていました。
あんまり呆けていても、太るので淀川の堤防まで散歩がてらに凧揚げにでかけました。
凧は当然自家製。 店で買うほど、うちには余裕がありません。
長い竹串と100円均一で買ったタコ糸、ビニール袋を使って20分ほどで作ります。
子供のころに、ゲイラカイトと言う馬鹿みたいに簡単に飛ぶ凧に飽きた時に良く作りました。 超軽量でちょっとした風で飛ぶのですが、コントロールが難しい。糸を止める位置が少しずれるとそれだけで、上がる角度が全然違う。 そして、揚力が小さいので目線より少し高いところを飛びます。
でも、それだけに楽しいのです。
長男と次男に一つずつ作って渡しました。
長男は凧揚げ4年目。 次男は初めて。
長男の凧は比較的スムーズに上がりましたが、次男の凧は風にばたついてなかなかスムーズに上がらない。 風が強すぎると回転し始めます。
これもある程度慣れていると、糸の引きの強さを調整して何とかできるのですが、次男にそんなことは出来るわけも無く・・・
その間に長男の凧はどんどん上がっていきます。
次男は、そんなことお構い無しに、ばたつく凧に喜んでいます。 飛ぶことではなく、ユーモラスな動きで満足な様子。
しばらくすると、隣で別の親子が凧揚げを始めました。 当然ゲイラカイト。
あっという間に長男の凧より高いところまで上がってしまいました。
しかし、面白くなさそうだな。 単に上がっているだけだもん。
負け惜しみではなく、工夫の要らないことってやっぱり楽しくない。
だから、私は貧乏なんだろうな、と変に納得。 貧乏は嫌でも生活に工夫が必要になる。
お金儲けのための工夫は出来ないのだけど、そう言う工夫は自然とやっている自分がいる。
そんな親の元で育った長男次男は、発達検査の課題で友達のおもちゃを壊した時にどうするか?と聞かれて「直す」と答えたらしい。(社会性のある子供の模範解答は「あやまる」です。)
この子供たちにはお金は残せそうに無いけど、もっと大切なものをこの子達の中に植えつけて残してやろうと思います。
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| あけましておめでとうございます |
新年です。
これからしばらくは「あけましておめでとうございます」。
でも、何がめでたいのか? 最近はよく分からない。 とりあえず、世間に合わせて言ってるな・・・
それなら、毎朝目が開いて起きられることの方が余程ありがたい。
ただ、新聞の記事の内容やテレビ番組の内容に、国民挙げてのお祝いなんだなと感じ、漂う雰囲気になんとなくうきうきしている自分がいる。
とりあえず、節目節目、区切りを付けていかないと生きていけないのが人間なのだろう。
私も塾をしていると今年一年、来年一年と一年区切りで何とか切り抜けて言ってるわけだし、これを区切り無しでしろと言われたら絶対に音を上げていることだろうし。
いろいろと苦しい時、しんどい時は一日一日の区切り、場合によっては一時間、10分単位で区切りをつけてやり過ごす。 永遠でないなら、何とか頑張れる。
そうやりながら、今年も一年が過ぎて行くんだろうと思います。
さて、そんなことを考えていると年賀状。
ん??喪中の葉書出していたんじゃ無かったっけ? と言うか、私は出した記憶が無く、嫁が出していたように思うけど。
私はこの年賀状を書くのが苦手なのだ。 と言うか、お中元やお歳暮の物を送るのも、季節の挨拶も全部無くなれば良いとおもっている。 もともと、年賀状などは日本人の習慣としてなかったんだし、お中元やお歳暮の贈り物も、昔の日本の人口の大多数であった小作農はしているわけも無い習慣。(先祖供養としての中元はしていたでしょうが・・・)
本当に大切な相手なら、いざと言う時に駆けつける心の準備をしていればいいじゃない。 その時のためにお互いの連絡先が分かるようにだけしていれば十分だと思う。
まあ、そんなこと言ってもあるものはしょうがない。 変人扱いされるのは覚悟して、出したいと思わないときは出さないでいこう。 でも、来た分にはお礼は必要かな?
そんないい加減なもので、喪中の葉書も送られている所があったりなかったりなので、皆様にはご迷惑おかけしています。
しかし、親戚の叔母さんから年賀状が来たのは参ったな。 たしか、親父の葬儀には来られていたんだけど・・・。
まあ、いいか。 こちらも喪に服すと言う程、悲しんでいるわけでもない。
そして、親父の以前の教え子から、親父宛に「今年もよろしくお願いします」と年賀状が来たのはどう返事したものか・・・。
新年早々、失礼いっぱいの中村家ではありますが、一年後に、また元気にご挨拶が出来るよう、精進を重ねて行くつもりです。
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