プロフィール

出張整体師・中村一弘(通称jonny)

店主:出張整体師・中村一弘(通称jonny)
大阪府枚方市在住。
生まれてほとんどをこの地で過ごし、終いには大阪府枚方市の御殿山駅前で整体院を開業してしまった、大阪特に御殿山大好き人間。

腰痛・肩こり・ストレス・疲労回復・寝違え・背中痛・骨盤修正・姿勢矯正何でもござれ。
優しく体に語り掛けるような施術で体のバランスを調整します。

人は幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれる。

何故、整体がみんなを笑顔にするのかって?それは実際に当院の整体施術をご経験ください。百聞は一見にしかずですぞ。
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ブログ版・笑顔のススメ整体院/大阪府枚方市の出張整体師の本音
大阪府枚方市で小さな学習塾をしながら、笑顔をお届けするために出張整体師をしています。これを読むあなたに幸せと癒しの波動を送ります。
後の祭り
朝パソコンを触っていると、OSアップデートの準備ができたという表示が画面の下に出ていた。

お、そうかそうかと何気なく作業を進めた。

そして、再起動。

ん???
見慣れない画面。
中で何かの部品がエラーを起こしている?

おいおい、どういうこと?

セーフモードでも立ち上がらない。

起動用ディスクなどないし・・・

しかし困ったぞ。
システムを再インストールすると、データがぶっ飛ぶし。

確かにアップデート前にバックアップを取っておけと言うメッセージは出ていたけど、本当にこんなことになるとは・・・。

ええい!やってしまえ!

システムをインストールした。
通常使っているソフトなども再インストール。

幸いCドライブ以外にメールや仕事関係のデータは残していたので仕事には支障がない。
Cドライブに保存したデータはホームページ関係と後はアイデアのメモ書きなど・・・
他にもあったようななかったような・・・
ホームページのデータは2ヶ月前のものが一応バックアップしていたので、10ほどの記事がなくなったくらいで済みそうだ。


すると、またハード関係のエラーが・・・

これもいつ壊れるかわからんな。

すべてのデータをメモリカードに移しておこう。

それにしても、こんなに頻繁にアップデートして、その度に対応できない機器が増えていくのはどうしたものだろう?

便利になるためのアップデートのはずが、それにあわせてどんどんハードを買い換えていかないといけなくなっていく。

普通に使う人にとっては、10年前の機械でも十分に使い物になる。
なのに、オペレーションシステムがそれを許さない。
3年や5年で最新のOSが対応できなくなる。

そして、ハードの性能もどんどん上がっていく。

しかし、多くの人にとっては、ハードの性能も、OSの機能もほとんど使いこなせていないというか、そこまでのものは不必要だ。

メールをしてちょっとワープロやホームページを作るだけのために、どうしてそんなに頻繁にパソコンを買い換えないといけないのだろう?

これはマイクロソフトやインテル、その他の本体を製造しているメーカーの利益誘導サイクルでしかないのではないのか?

そして、古くなって使われなくなったパソコンは分解されて、希少金属が取り出されるわけだが、その過程で途上国では環境汚染を生み出している。

これも、OSやハードのサイクルを今よりもゆっくりしたものになれば、その分だけ汚染も少なくなるだろうに。

ビルゲイツよ、私財を社会に還元して慈善家ぶるもの結構だが、それ以上にお前が作ったコンピュータに関するビジネスモデルは社会に害を与えていることを知れ!

と言うのはいい過ぎかな?


旧型人間

先日、うちの元講師が仕事で近くまで来たからと教室にきてくれた。
現在三重大の医学部の大学院で研究をしている。

どういう研究かは詳しくは聞いていないが、その研究に絡んだりしながら、いろいろな人脈が作られてきたところに、医療などの制度や体制の不備が具体的に見えてきたようで、そこにビジネスチャンスを見つけようだ。

元々生命力旺盛、既存の考えに縛られず、思ったことはやらないと気が済まない彼はどんなことでも成し遂げてきた。

今回の来阪は関西医大との商談?だったらしい。

昔からこういうタイプの人はいるのかもしれないが、今時の人間だと思ってしまう。

今のうちの講師にもいるが、人のつながりを増殖していくのが上手な人が最近は多くなった気がする。

それも、直接何かのきっかけで知り合ったりするのではなく、知り合いに知り合いを紹介してもらったり、場合によっては知り合いの知り合いのまた知り合いなどと言う、私から見たらただの他人でしょう、と言うような人まで当たり前のように取り組んでいき、当たり前のように親しく付き合える。

これがネットワーク社会の人の生き方なんだろうなと思った。

私の世代ではネットワークではなく、コネクションが人のつながりと言うのが一般的。

人脈と言う言葉もあるが、どちらかと言えば自分との直接の人のつながりのイメージ。
そこから、さかのぼって行く場合もあるが、一つの線の上に人がつながっていて、それが人によって何本あるかと、関係の深さによって何処までさかのぼれるかが人脈の多い少ないを決めていた。

当然私のように人間関係の希薄な人間は、直接の知り合い以外はもう完全な他人。
また、その人脈の数も極めて少ない。

ところが、今時の人の人間関係はそう言う一本の線の上に関係する人がのっかかっているのではない。
網の目の結び目一つ一つに人がいて、それぞれが独自の人間関係を持ちながら、自分と関係する人間に自分の人間関係を提供しあう。これは線ではなく面のイメージ。

何かをしようとなると、いっせいにあらゆるところから情報や人が集まるのが早い。
だから、することのスケールも古い人間が一人ですることなど及びもしないほど大きくなる。

そう言うネットワークを作りながらうまく使いこなせている人と、使いこなせず振り回されている人がいるのも事実だけど・・・。

そう、厄介なのはその肥大化した人間関係。

ビジネスを立ち上げようとしている彼にしても、すでに薄々感じているようだった。
ネットワークを構築すれば、当然自分もそのネットワークに組み込まれる事になる。
網の目の一つとなった人間は、簡単にその網から抜けることはできないのだ。

最初は自分がしたいことがあってはじめることでも、それがある程度進むと自分の意向だけでは動けなくなる。

また、手を抜くこともできなくなる。

それが面倒なので私は人間関係をあまり広げない。

何故か?
結局は人間関係とは自己保存のための一つの方法だからだ。
自己保存は大切なことだから、ある程度の人間関係も必要。
でも、人間は意識と知性を持った以上、単に生きているだけでも満足できない。
自分の自由意志による自己表現を続けることで、明日も生きていこうと言う希望が持てるのだと思っている。

ところが、当然相手も自己保存が目的で関係が組まれていくわけなので、そこにはある種のエゴが僅かずつでも含まれる事になる。
それが持ち寄られることで肥大化するのだ。
肥大化したエゴは引力を持ち新たなエゴを呼び寄せる。
それが現在のネットワーク社会を推進するエネルギー源だと思う。

みんなで力を合わせて何かをしているのだけど、その本質は自分がいい目をしたい。
ネットワークビジネスや新興宗教がいい例だろう。
そんな例出さなくても、中高生のメールでつながっている友人関係などでもそうじゃないか。
自分が少しでも良い立場に残るために積極的に入り込んでいく。

そして、万が一取り残されでもしたら、自己保存の場所と思い込んでいた居場所を失うと言う恐怖のために、自分の本当の希望するものなど関係なく、ネットワークの中で動き続けないといけない。相手の期待にこたえ続けないといけない。

それって、本末転倒だ。
だから、私は今のままで良い。

私は人のエゴが作り出したネットワークを眺めて生きるより、自然秩序の循環の中に組み込まれて生きて生きたい。

貧乏でも良いや。
ある分を食べ、手に届くものだけを手にして、時には思いっきり背伸びしながらも生き残る道を探し、でも自分は自分をできる範囲で表現し続ける。

植物のような生き方が良い。
口内炎痛い
朝起きると口内炎ができていた。

しかも、舌の両サイド。
他になぜか口の中に数箇所の傷のような感触。

う〜ん、知らないうちに誰かに殴られでもしたのだろうか・・・。

炎症のためか、舌がはれぼったい。
歯の列にきちんと収まらない感じで、気持ち悪い。

鏡を見ると、舌に歯の跡がくっきり残っていた。

しゃべろうとすると、うまく舌が回らない。
舌の動きが悪いので、唾液もうまく飲み込めない。
しかも痛い・・・。

更に大変なのは、モノを食べるとき。
固形物を噛み砕いても、舌を使うと当たって痛いので、舌を極力使わないようにする。
味気ない。
また、十分に唾液が混ざらないので喉越しが悪い。

ひどくなると液体も飲み込みにくくなってきた。

舌の働きは偉大だ。

話をするとき、
ものを噛むとき、
ものを飲み込むとき、
舌がないとどうにもならない。

実は先週次男が同じところに口内炎を作って、三日間ほとんど食事ができないでいた。
少し口に入れては泣くので、全然進まない。

それをみて、根性入れろ!と言って食べさせていたが、これは無理だ。
半端なく痛い。
と言うか、脳天直撃の刺激が走る。

次男には悪いことしたと反省。

まだまだ、イメージの力が足りない。
100円均一ので良かった・・・
水曜日、午前中に家族でひらパーのプールへ。

相変わらず晴耕雨読ならぬ晴遊雨読。

晴れていれば、仕事が入っていない限り子供と遊び、雨が降っていたら本を読みながら夕方の授業を待つ。

そんな生活だから当然貧乏なわけだけど・・・。

こういう生活が子供からの大人になったときのイメージだったわけだけど、子供の目線から見たら、多分私が子供のころに見ていた父親の姿と同じなんだろうなと思ったりもする。

間違いなく、子供は親の背中を見て育つのだろう。

暑い中、二つ離れた駅まで自転車で家族五人が移動。
商売繁盛していたら車ですいすいと行ってたんだけど、これもまた良い思い出になるでしょう。

ちなみにひらパーの入園券は親が新聞屋でもらったもの。

せっかくもらったんだから行っておこうという事だけど、夏休みのプールは正直言ってただの行水。

この日も人人人。

それでも子供は楽しいらしい。

ちょっと泳げるようになった長男は人の間をすり抜けるようにして泳いでいる。
怖がりの次男は、胸の高さまで水が来る流れるプールに入れずに他のプールで水遊び。
三男はずっと嫁にくっついて行水。

どうも、次男の水恐怖症は私の遺伝か?(遺伝するのかどうか知らないが)
そこで、無理やり次男を流水プールに入れるように特訓開始。

ちょっと足を伸ばせばそこに届くはずなのに、怖がって足が伸ばせない。
しがみついて泣いている次男。

傍から見ているとこっけいでしかないが、これが「無明」の愚かなところか。

最初の第一歩が、踏み出せるかどうかで世界が広がるんだけどね。
その代わり引き戻れなくもなるんだけど・・・

こちらが根負けして、時間も時間だしそろそろ帰ろうとなって、プールに上がって休んでいると、次男がもう一度プールに入ると言い出した。

流水プールには階段になっている入り口がある。

手をつないで入ろうとすると、怖いらしく先と同じように泣いて拒否。
一人で入ると言う。
手すりにしがみついて、一歩一歩確かめながら3分ほどかけて底に到達。

ようやく分かりました?
君はここで背が立つんだよ。

満足した顔で自ら上がってきては階段をまた下りて大丈夫なことを確かめていた。

もう大丈夫。

でも、もう時間。
次回は来年です。

来年は流水プールで遊ぶと言って、意気揚々と引き上げる次男。
来年になったらもっと大きくなるだろうから、楽勝で遊べるだろう。

さて、自転車置き場に行くと、鍵が開かない。
鍵は100円均一で買ったチェーンロック。
鍵穴を見るとシリンダーの中に何か詰まっている・・・。

う〜ん、どうしよう。
今日は鍵のワイヤーを切れるような器具も無いしな。

しょうがないので、鍵穴から攻略する事にした。

幸い鍵に使っている使っている金属がやわらかい。
家の鍵を使って、がりがり鍵穴を広げて行った。

15分後、シリンダー破壊終了。

普通にホームセンターで買っていたら、こんなお粗末なことも無かったのかもしれないけど、100円均一のものだから、破壊も容易だったのだろう。

とりあえずは、自転車に乗って帰ることができて良かった。

しかし、そのときの光景は自転車泥棒以外のなにものでもなかっただろうね。
夏のかんかん照りの中、何やってんだろう。




注連縄の恐怖
正月明けに処分するはずの注連縄が今まで家に残っていた。
そのうちそのうちと思っているうちに、もう8月。

家庭ごみと一緒に捨てるのも気が引けるが、いまさら神社に持っていくのもなんだし・・・

子供が淀川の堤防に行きたいと言うので、そこの公園で自分で燃やすことにした。

雑誌をちぎって火をつけて、注連縄を燃やそうとするが、ぎっちりと結んでいるのでなかなか火が移らない。

しょうがないので、燃やした雑誌の上にボンと乗せて、燃やすことにした。

いい感じで火が上がった。
と思ったら煙がこちらに来た。

これがいけなかった。
ほんの少しだが煙を吸い込んでしまった。
しばらくすると、胸が締め付けられてきた。
どんどんきつくなってくる。
3分もしないうちに強烈に痛みだし、息ができなくなってきた。

これが、注連縄の仕事なのか・・・
そして、注連縄が無ければ、これだけのものがうちの中に素通りしていると言うことか・・・

年末から玄関に掲げて、正月が明けるまで飾られる注連縄だが、ただの飾りではないと言うことがよく分かった。

それは、年末年始に家に侵入してくる、凶運を封じ込めるのだろう。
跳ね返すのではなく、その中に取り込んでいるのだ。

だから、それは神社などできちんと炊き上げてもらい、炎で浄化して天に返すのべきなのだ。
そうでなければ、放射性物質のように吸い込んだ凶運をじわりじわりと周囲に撒き散らすことになる。

凶運と言えど、結局は自分と家族が作ってきた業、それが凝縮されてそこにあるのだからと思い、そこにある業が幸せになりますように、と祈り、祝詞をイメージした。

火はたびたび消えるので、その都度付け直し、燃え尽きるまでに30分以上かかった。
終わるころには、胸の痛みもなくなっていた。

自分はなんと多くの業を背負っているのか。

これからも、まっとうに生きていこうと反省。

それにしても、縁起物やお守りの扱いにはご注意です。
東京遠征 写真集です
これが噂の横向きショック!


玉前神社
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近くの灯台のある岬で記念写真
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神楽坂、ちょっと京都を思い出します。


上の写真の20分後には・・・
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先に進むと、至る所でこんな感じ・・・
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靖国神社参道入り口から


靖国神社拝殿
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家族そろってじんべ姿でミッキーと
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祭の後


雷門
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富士・山中湖近く 「車や」 安いです。
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ここから見えた富士山


忍野八海 水が冷たいです
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バンガロー なんとエアコンつきです
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富士浅間大社 参拝前の富士山
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富士浅間大社 拝殿
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参拝後の富士山
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私たちの帰りを見送る富士山
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てな感じでした。
関東遠征旅行 後半
さて、10日未明に無事に大阪に帰ってきて、朝起きて書いています。

4日目、浅草と汐留・築地の予定が大きく狂った。
10時ごろに汐留に着の予定が、出発が遅くなったのと交通経路を調べていなかったために、12時過ぎに浅草着。

長男は雷門の写真を撮る。
仲見世をぶらつきながら、浅草寺へ。

それにしてもこの日も暑い。
浅草寺でお参りして、五重塔の近くの大きな公衆便所に入った。
きれいなトイレだと言うか、個室の戸が半円状でスライドして開閉するという面白いつくり。

私が用を足していると、長男が個室に入っていった。

長男が出てきて、また仲見世を通って昼食を食べに行こうとしていたら、長男がリュックを忘れたのに気づいて、トイレに戻った。
その間わずか10分弱。
しかし、リュックは無かった。

すぐに交番に行っても届いていないだろうからということで、先に昼食を食べてから交番へ。
しかし、やっぱり届いていない。
浅草寺の社務所にも行ってみるがやっぱり届いていない。
もう一度、近辺のゴミ箱などを探してみた。

見つからない。
中には、財布とチャレンジの付録の計算練習のゲーム。
そして、迷子になったときのために、名前と私の携帯電話の番号が入っていた。

幸い長男が使っている私のお古のデジカメは手に持っていて無事だった。

もう4時前。
他の場所にもいけないな・・・

しょうがないので甘いものでも食べて帰ろう。

かき氷の食べられるところを探して歩いた。
駅の近くに昔ながらの氷屋さん発見。

少し、残念な気持ちから回復した。

5日目、富士五湖巡りと田貫湖近くのキャンプ場でのキャンプの予定。
朝9時半に千葉を出発したら、首都高に思いっきりつかまった。
山中湖に昼ごろに着。

しかし富士山は見えない。
晴れてはいるけど、富士山の辺りはもやがかかっていて、まったく見えないのだ。

すぐに昼食の予定場所に移動。
少しメインの道から外れたところにあるが、趣のあるよさそうなお店。
しかし、安くて量が多いのだ。

次男の刺身定食は1050円でまだ動いているお頭がついてきた。

食事に予定の遅れで少々いらついた気持ちが収まった。
と言うかかなり満足。

そこから近くの忍野八海と言う、富士山の湧き水でできた池の集まっているところを見に行く。
ここの水は異常に澄んでいる。
深さ7メートルの池の底が手に取るように分かる光景は逆に気持ちが悪い。

水温は12度。
もし子供が落ちたりしたらと思うと恐ろしい。
子供が溺れて水底で動かなくなって沈んでいるのが見えていても助けられないだろうと思うとぞっとする。。。

次は河口湖。

時間が押している。
この日のうちに残りをまわる余裕は無い。。。

川口湖畔で少し車を止めて、湖を眺めているとほんの少し、富士山の頭だけが見えていた。

ここから先はあまり店も無いので、スーパーで夕食と次の日の朝食を調達。
うちはいつもキャンプ場で泊まっても、バーベキューはしない。
目的は安くとまることと、この日なら虫を捕まえることなのだ。
しかも、キャンプ場につくのがいつも6時ごろと遅いので、そういうことの準備をする余裕も無い。

この日もキャンプ場には6時ごろに着。
バンガローに荷物を入れて、長男はかぶとの取れるポイントを確かめる。

このキャンプ場はかぶとがたくさん取れると言うことだが、他所で取ってきたのを山に放しているらしい。
大体の様子を確認して、後は夜と次の日の早朝のお楽しみ。
暗くなってきたので、近くの浴場へ。

脱衣場で服を脱いで入ると浴槽が無い!
と思っていると、外に出る戸があるので出て行くと露天風呂があった。
しかし、熱い。
我慢比べのようなお湯に浸かった。

バンガローに戻って夕食。
少し早いが9時に就寝した。

虫取りは12時と5時に起きてした。
バンガローが虫取りスポットの入り口なので、絶えず人が行き来していた。

これは、残り物しかないかもね。
中には結構レアなものを捕まえている人もいたり、10匹近く捕まえている人もいたが、うちは5匹。
まあ、こんなものでしょう。

私はバンガローで少し寝たが、子供はそのまま出発まで虫を探していた。
9時過ぎに、キャンプ場を出発。

この日は残りの湖を見に行くのと、五合目まで車で行き、富士浅間大社に参って帰る。

この日も晴れているが、まったく富士山は見えない。
本栖湖、精進湖、西湖と周るがどこからも富士はもやの向こう側だった。

途中、展望台があるところに寄ろうとなったが、道が崩れたい放題。
これは無理だと引き返して、氷穴の見学に向かった。

すごい人だ。
そう言えば、世間はこの日からお盆休み。
穴に入るまでに30分の行列。

この間に天候が崩れてきた。

ぽっかり開いた天然の大きな穴に入っていくと、真冬のような寒さ。
ランニング姿の次男は腕をシャツの中に入れて歩いていて滑ってこけていた。

三男は危ないので抱っこをしていたが、氷のあるあたりではぶるぶる震えていた。
さすがに夏の格好では厳しい。
外に出ると土砂降りになっていた。

雨宿りをしていて、時間が過ぎていく。
五合目まで行くのは無理だな・・・。

その判断は正しかった。
帰ってからネットで見ていると、この日富士山の6合目過ぎ辺りで落雷で死亡事故があったり、富士宮あたりで大規模な停電があったりしたらしい。

そんな山に車でであったとしても上るのは正気の沙汰ではないだろう。

土砂降りの中、予定より2時間遅れで昼食予定地に着。
食事をしていると、雨が追いついてきた。
そして、とんでもない雷雨になった。

長男との会話。

-えらい、富士山の神様が怒っているようやな〜

-え?何で怒っているん?

-それはな、父ちゃんが浅間大社に行くって予定しているのに、なかなかいかへんからや。
富士山が見えへんのも、大雨になって五合目まで行けなくなったのも、さっさと来いって、コノハナサクヤヒメと言う女の神様が父ちゃんを呼んでいるからや。

この雷はな、コノハナサクヤヒメさまのお遣いの竜の姿や。
竜まで遣わせて、呼びに来てはるねん。

-ふ〜ん。(半信半疑、と言うか元々口からでまかせで言っているのだが・・・)

-だからな、父ちゃんが神社まで行ったら雨は止んで富士山も見えるからな。

-じゃあ、早く行こうな。

と言うことで、出発。
次がこの旅行最後の訪問地だ、そう思うと少しさびしい気もするが、さっさと済ませないと家に帰られなくなる。

車で30分ほど走る。
途中信号が全部消えていた。

振り返ると、もやの中に富士山の姿がうっすらと見えていた。

富士浅間大社に到着。
まだ、ぱらぱらと雨。
しかし、うっすらではあるが富士山の全体の姿がこの旅行で初めて拝めた。

気分を良くして、車に家族を残して参道を進む。
雨のためか、時間が遅いためか、ほとんど人はいなかった。
ゆっくりと祝詞があげられた。

この地までの導きに対するお礼と、帰り道の安全のお願いなどをして車に戻ろうと歩いているときに振り返ると、先ほどまでに無いくらいにはっきりと富士山が見えている!
走って車に帰って、長男に車から出るように言った。

-うっわぁ。すごい!父ちゃんの言うとおりになった!

いやいや、驚いているのはこっちの方だよ。
本当に導かれていたような気分。

これでいよいよ長男は、神秘的な存在について身近に感じるようになったことだろう。

さあ、後は帰るだけ。
家までの距離は380キロ。
のんびり休み休みで夜の1時過ぎにつけばよい。

富士宮SAで富士宮焼きそばを夕食用に買った。
そこからはまだはっきり富士山が見えていた。

静岡市あたりまではしっかりと富士山が見送っていてくれた。

日が暮れると、あちこちで花火大会。
高速からだと見晴らしがよいのと、短時間で先まで進めるので、同じ日にしている花火大会にあちこちで遭遇する。

7時半から9時前までは、退屈することも無く進めた。

さて、ここからが問題だ。

あんまり早くつくと、ETCの割引がない。
遅すぎると眠たいので事故の元。

子供たちは後ろの席で、携帯端末に入れている宇宙戦艦ヤマトを何回も繰り返し見ている。
飽きないのかね?
行きも見ていたはずなんだけど・・・
11時過ぎにはみんな寝ていた。
う〜ん、孤独だ。
あまりの眠気に20分ほど運転を代わってもらった。

そして、1時半ごろ帰宅。

あっという間の一週間だった。
そして、今までとはちょっと違った予定通りには行かない旅行だった。

さて、来年はどこにいけることだろうね。
そのためにも、もう少しお仕事がんばらないといけないんだけど、これがどうも大変だな・・・・。
関東遠征日記 前半
第一日目
夜九時半 出発 
翌朝8時ごろに東京ディズニーランドに到着が目標。

去年も同じくらいの時刻に出発して、夜通し走って大宰府に朝8時ごろについているので、今回も同じような感じでいけるだろうと思っていたが、甘かった・・・

夜の12時ごろにはすでに睡魔が・・・

とにかく慌てずに行こう。
時間はたっぷりある。

1時ごろまでは、道が分からないので嫁が起きているが、そこからは独り頑張らないといけない。
しかも、カーステレオは故障中。
BGMはエンジン音だ。

とにかく眠たいので、SA PA毎に止まる。
止まってトイレに入って4,5分うろうろして眠気を覚ます。
それでも無理な時は、10分ほどの仮眠を取る。

それが、時に30分になったりして、だんだん時間に余裕がなくなってきた。
空が明るくなってきた。

朝7時前に全員目覚めた。
車中で朝食。

これから首都高速。
やばい、通勤時間だ。

東京を抜けるのに1時間以上
掛かってしまい、結局9時過ぎに東京ディズニーランド着。
でも、この日はチケットを買うだけ。
入るのは次の日の予定

やはり、暑いぞディズニーランド。 

そこから、九十九里浜に向かう。
ちょっと道を間違えたりして、ついたのは12時過ぎだった。

早速ネットで調べていた食堂を探す。
その名前は「横向きショック」
どういう名前だ、と思いつつも確かに入り口は道に面しておらず、横向きだ。

この店はサーファーが対象なので、とにかく大盛り。
私の大好きなタイプのお店。
味もダイナミックで満足。
しかし、そんなことを忘れて、家族5人でラーメン大2つ中華丼、から揚げ定食を頼んでしまったらえらい事になってしまった。
独りで3人分くらいは食べただろうか・・・。

食後は海ではなく下総一ノ宮玉前神社に参拝。
私の目的はそれだけ。

その後は子供の時間・海遊び。
三男は波と戯れてキャーキャー。
次男と長男は砂浜で網を持って魚採り。
何だか浮いている。
しかし、こいつらが他の人のように遊んでいる方が奇妙に見える。

夕方に嫁の弟夫婦の家に到着。
そう、今回はここに4泊の居候。
下手なビジネスホテルよりも立派な受付を持ち、専用トレーニングジム、ビリヤード台に、卓球台・サウナ室までおいているマンションは如何にも高所得の匂いがして、私には似つかわしくない。
と言うか、私とは血のつながりは無かった・・・

夕食は普段は自分たちだけでは絶対に行かないような、バイキング形式ではない焼肉屋さんでご馳走になる。
ん〜、義理であっても兄としての威厳なし。

そして、普段食べなれない良い食べ物におなかがびっくりして、すべて素通りしてしまった・・・。

二日目

天気予報を見てディズニーランドは後日になったため、急遽私は自由行動の日。

一応の予定は、靖国神社の参拝と神田の古本屋さん巡り。
特に何も調べていなかったので、行き方が分からないことに気付き。
ポータブルナビで調べた。

東京って平面的に広いから、位置関係がイマイチつかめない。
あったあった。
皇居の裏っ側。
靖国神社からてくてく歩いて古本屋さんには行く事にしよう。

で、靖国神社の最寄り駅はJRなら飯田橋。
これは、義理の弟の住む幕張本郷から電車の乗り換え無しでいけるじゃないか。

飯田橋に着くや否や、雷雨だ。
それも半端じゃない。

とりあえず売店で傘を買って、近くにあるブックオフで時間をつぶそう。
そう思って入ると、買いたい本が次々出てきた。
ここで持ってきていたかばんがいっぱいになってしまった。

しかし、外は大雨。
ずぶ濡れになるなぁ・・・

商品を入れたビニール袋に他の荷物も整理して入れて、口を縛って濡れないようにした。
一時間ほどして外に出ると、雨は小降りになっていた。

神楽坂の方に向いて行った。
東京の印象はまっ平らなのだが、結構坂が多いな。

じゃあ、靖国神社へ・・・と思っていると雨が強くなってきた。
すぐにやむかと思うと、全然やまない。

雨宿りをしていると、そのビルの排水管から水があふれ出てきた。
雨宿りをするビルを変えながら少しずつ目的地に近づく。
あちこちで大きな水溜りができている。
坂を流れる水は川のようだ。
横断歩道を渡るときは足首まで水につかりながら歩く。

大きな鳥居が坂の上に見えてきた。
おぉ、この雨の中靖国神社に向かう人がいる。

やっぱり特別なところなのだろうか。
それにしてもすごい雨だ。
参道が一面水溜りになっている。
気にせずに歩いているとすねの下辺りまで浸かっていた。
そこに、段差があったのに気付かず転倒してしまった。
やばい、かばんが水に浸かると本が・・・

しかし、しりもちをついてかばんも水の中に・・・。
慌てて立ち上がり気付いた。
ポケットの中には携帯電話とデジカメが・・・。
大丈夫???

かなり強引な禊だな〜と思いながら、手水舎で手を洗い、門をくぐった。
相変わらずすごい雨だ。

おかげで拝殿の前には人がいないので遠慮なく声を出して祝詞を唱えた。

さて、これからどうしたものか、この雨で古本屋に行くのも何だし・・・。
雨宿りをしていると思い出した。
そうだ、ここには遊就館と言う施設があったじゃないか。

入館料800円を払って拝観。

中にはこの雨にもかかわらず結構人がいる。
展示の内容は、この神社に祭られる英霊達の戦いの足跡。
日本の開国から先の大戦までの歴史を淡々と我々の前に示される。

ここには近代日本がいかに西洋列強諸外国に侵略をされないために身を削り苦心してきたかの歴史がある。

確かに、そこには被害者としての日本の姿と、祖国を守る人たちの姿しか描かれておらず、日本が生き残るためにせざるを得なかった侵略行為についてはまったく描かれていない。

最後に感想ノートが置かれていて、自由に自分も書く事ができるので一言書いて出て行こうと思って席について自分の前の人の書いたものをぺらぺらと眺めてみた。
10人に一人くらい、ここには戦争賛美、戦争美化しかないと言うような事が書かれていた。
しかし、本当にそうなのだろうか?
どう思い返してもそのようには思えなかった。
確かに戦没者に対して感傷的になっているように思える展示もあるが、それはこの神社のあり方からも当然だろう。
それ自体に罪は無い。

それなのに、このような書き込みがあるのはどういうことか?
その方が気になった。

この書き込みには自分自身の責任で知り、考えて至った結論が見えない。

本当に先入観を持たずに、一つ一つの意味を受け取り考えながら見ていけば、その様な書き込みはできないだろう思うのだ。

私が書いたこと(タイジェスト)

国家は人の思いの積み重ねの現れ。
だから、この国の今の繁栄の元には前の戦争でなくなった人たちの思いが間違いなく反映されている。
なのに、その人たちの残した国家への思いをないがしろにして生きていては、その繁栄の恩恵にあずかることはできようはずも無い。
そう言う無知こそが国家の没落を招くのだ。
今の日本はそういう危機に瀕している。

確かに日本が生き残るために影響を受けた国々やそこの住民がいた事は間違いない。
だからと言って、前の戦争で死んだ兵士達の意義を否定するものではない。
その意義を肯定しながら、前の戦争のことではなく、戦争一般について二度とあってはならない事として、我々は未来を作っていかねばならない。

そんな感じのことを書いた。

まだ、外は大雨。
雨の中、地下鉄九段下駅まで歩いた。
アナウンスで、JRでの運行が乱れているらしい。

少し雨宿りをして飯田橋に向かった。
駅の近くで立ち食い蕎麦屋を発見。

そうだ、今日はまだ昼ごはんを食べていない。
しかも、東京にきたら必ず天ぷらそばを食べると決めていたのでちょうど良い。
東京の食べ物で数少ない私が認める食べ物が天ぷらそばなのだ。

今日はなぜかサービスでちくわのてんぷらもおまけでついていた。

飯田橋についたのは5時20分。
やばい、帰りのラッシュの時間だ。

ずぶ濡れの服で満員電車の乗り込んだ。
乗った電車は降りる駅の4つほど前までの電車だった。
しかし、ダイヤの乱れから、走っている途中で千葉まで行く事に気がついたら変更されていた。
ラッキー!
結局乗り換える必要もなく帰る事ができた。

結局古本屋街には行くことなく終わってしまった。

三日目 東京ディズニーランドだ。
朝5時半に起きて、6時半に出発。
7時すぎにはゲート前と言う強攻スケジュールだが、その作戦はすべて嫁によるもの。
正直言ってうちの男達はそんなことは望んでいないのだが、この日くらいは言う事を聞いておいた方が良いだろうと言う事でみんな早起き。

しかし、現地に着くとすでに人たくさん並んでいた・・・。

ゲートが開く前に今日のスケジュールを確認する。
びっしり夜までの行動予定が決まっているではないか。

アトラクションに少しでも早く入るためのファーストパスの取得の予定など、単に行き当たりばったりで入るのではなく、詰め将棋のように決められているのだ。
恐るべし・・・

欲望の拡大再生産_ディズ二ーランド
そこにはファンタジーはなく、ファンタジーにあこがれる欲望が集まる。
キャラクターたちは純粋な妖精ではなく集められた欲望を糧にする妖怪。

本当にファンタジーの国ならばひとは我先にと場内を駆け巡ることもないだろう。

これこそ欲望を一エネルギーとするアメリカ資本主義の権化だ。

人は楽しむために生まれてきたという人がいるが、それが本当であったとしても、しげきを外に求めて、それを楽しいと思うのとは違う。
一瞬の楽しみのための苦難。
そんなものは本物の楽しみではない。
そうでなく、今在る状態が何であれたのしいと思えるくらいまで、真理を学び理解せよ、ということだ。
たのしみを外に求める姿は奪い合いとなる。
今在るもので満足せよ。
発展進歩くそくらえだ。

そう言いながらも、ディズ二ーランドに在りながら、それを素直に楽しめない私がいる。

まだまだ観念にしばられている。

ディズ二ーランドなどいかなくてもよい。
望む必要もない。

でも、その場におかれたなら、何もしないでぶらぶらするのと同じだけは、その状況を楽しみたいものだが、まだまだ理想主義者の私にはいらだちの方が先に立つ。

妄想にふけりながら行列に並ぶ。
90分待ちの行列が普通に感じるこの場所は正直言って修行の場所だ。

上のような事を考えている自分に気付いた時、イライラが少し収まり始めた気がした。

少しずつイライラモードから、どうせいるなら楽しもうモードへ。

しかし、すでに時は3時を回っていた。
と言ってもあと6時間か・・・。

嫁が25周年のシンデレラ城でのイベントの抽選を当ててきたので、7時以降の予定は決まったので、あと4時間。

今回は一切絶叫系には乗らず、子供が楽しめるものを中心に乗っていたが、実は全部嫁の好みだったようだ。
まあ、私は絶叫系は嫌いなのでそれで良いのだけど・・・。

最後のアトラクションは長男の希望でカヌー。
しかし、息子下手すぎ。
係りの人の言う事ぜんぜん耳に入っていない。
挙句、前の子供に水掛けまくりで、険悪ムード。

そこに私が説教たれて、涙涙。

夕食を食べると、後はメインが二つ。

25周年のイベントは中々迫力があった。
パレードはいつ見てもきれい。

あれだけぶつぶつ言っていたのだが、最後はどっぷりと楽しんでいる自分がいた。
しかし、子供達と最後に感想を言い合ったところ、だれも次も行きたいとは思ってはいなかった。

そりゃそうだろう。
しんどすぎるのだ。

帰り際、お土産を買う間、子供達は店の外で待っていたのだが、力尽きて蛍の墓のように二人並んで壁にもたれかかって虚ろな目をしていたのが忘れられない。

やはり欲望の力に振り回されての行動はどこかにしわ寄せが来るのだとしみじみ思っていた・・・。
暑中お見舞い申し上げます
暑中見舞い
という訳で、施術はお休みです。
メールの返信も遅くなりますが、よろしくお願いします。

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