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私は、13年位前にパートで、親子で通う療育園に勤務していたことあるけれど、 私的には、そういう障害(?)の子は、『自然』に対して、とてもマッチしていて、一番、『普通』の子(人間)に感じます。 もちろん、オムツが取れないとか、トイレでおしっこが出ないとか、満腹感を得られない障害を持ってる子は、大変だとは思うけど、この子達こそ、『神様から与えられた子』って気がしています。 全ての人が、完全ではないのだから、『障害』を『障害』としてみないで、お互いを認め合い、生きていける世の中になったら嬉しいですね。
【2007/05/28 20:45】
URL | うま子 #- [ 編集]
うま子様 障害とは個性だとよく言われますが、個性であるなら好き嫌いの対象として捉えても良いものとなってしまいます。 人間みんな仲良くと言うのは理想としてありますが、実際には人の好き嫌いについては個人の自由の範囲内のことですね。 となると、障害者の方に対して、個人が不利益を与える行為は戒められるものですが、そっぽを向いてしまうのはありと言うことにもなってきます。 社会のインフラが健常者を中心として作られている以上、そのインフラにマッチできない身体的、精神的特徴を持つ方々を単に個性的と言っては、社会としては彼らに便宜が図られないままになってしまいます。 つまり、今の社会のインフラ自体が変わらない限りは、人間の精神も障害を障害としてしか扱えない状態が続くように思います。 これからどのように、社会が変わっていくのか、人の精神が変わって行くのか、興味津々です。 ただ、そう言う小難しい話は抜きに、障害を持って生まれてくる子供は、その親の先生としての使命を持っており、本人もそれを通して学ぶ課題があるという単純な真理があるだけだと思っています。 それが、特別な物と言う訳でもないのだと思います。 みんなそれぞれの課題をこなすだけですから。
【2007/05/28 23:57】
URL | jonny #- [ 編集]
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